2019.10.30
一足早い(私の)2019日本燗酒大賞。①
たまには「唎酒師」らしいことも書かなくてはなあと思いながら、あと2ヶ月ほどで今年も終わろうとしている。今年は恐らくこれ以上の「燗酒」にはもう出会えないであろうという予感と、度重なる天災による被害を受けた千葉を応援する意味を込め、ここに私の、
「2019ベスト・オブ・燗酒」
を発表させていただきたいと思う。
その酒との最初の出会いは確か6月頃だったか。友人の勧めで訪れた蒲田の若き「燗酒マスター」の店で、たまたま5、6杯目に呑んだ酒がこれと記憶している。無論、他の酒のチョイスも良く、どの燗酒も美味かったのだが、「男臭い燗酒感」を全く感じさせない、むしろどこか「フルーティ」という言葉にも近い酒質。更には酸味と旨味のバランスを保ったこの酒は、料理との相性も抜群だった。
再びこの酒に出会えたのは、こんな偶然からだった。一夏が終わり、台風の季節がやって来た。ご存知の通り、秋には近年稀に見る台風被害が日本各地で起きた。千葉で猛威を振るった台風19号が上陸する前日、私は釜山にU18日本野球の応援に向かう為成田に出向く。ところが台風を目前に「飛んだ」のは飛行機ではなく「韓国行きのエアチケット」だ。第3ターミナルのチェックインカウンターまでたどり着いて見た「欠航」の2文字に私は膝から崩れ落ちた。成田の空は見事に晴れ渡っている。「何故だ・・・台風は明日の筈では?」そう思い地上係員のに詰め寄る。要するに到着地「釜山」の天気が荒れていたのだ。
夕方の振替便で大邱(テグ)まで飛ぶか、或いは空いた3日間、いっそ車で南房総でも回り美味いものを食いながら帰るか、それとも大人しく帰るかという3つの選択肢を前に空港で寿司をつまみながら暫く考えたが、結局涙を飲んで神奈川に戻ることにした。ちなみに、もしその時、夜便でソウルに飛んで入れば、帰りの便はあの「成田空港大混乱」の悪夢に巻き込まれていたであろうし、房総半島を一周していれば確実にどこかで何らかの被災をしていたということを考えると、「旅バカ」としての「勘」が冴えたと言えるのかもしれない。前置きが長くなったが、結果的に私はそのおかげで、「その酒」に再会することができたのだった。
湾岸を東京方面に走るついで、「酒マニアに噂のセブンイレブン」に立ち寄る。何が「噂」かというと、このセブンイレブン、店内スペースの実に「半分が酒コーナー」と言えばその異常さを容易にご想像いただけるだろう。詳しくは「セブンイレブン津田沼店」で検索いただきたい。私は、この大手酒屋顔負けの品揃えを誇る、クレイジーなコンビニで、この酒に再会を果たしたのだった。
帰宅早々、友人からせしめたばかりの「ミニかんすけ」(定番の酒燗器)で燗をつける。温まる間、常温で一口テイスティングをしてみるが、やや酸度の高いまろやかな純米酒といった印象。「あれ・・・?こんな味だったか?」そこで、ぬる燗程度に温まったチロリから数滴酒杯に注いで味を確かめてみる。やはりこれといった驚きはなく、もしかしたらこれは「ハズレ」なのではないか?と自らのの舌の記憶を疑った。しかし、一度熱燗というレベルを超え6、70℃くらいまで温度を上げたチロリからぐい呑に注ぎ、アテのごまイワシを一齧りし呷ってみる。「・・・これだ。」チロリの中に、劇的なケミストリーが起きた。
得てして良い燗酒は、「ぬる燗」の状態ではこの変化が起きにくい。しっかり温度を上げなければ旨味が開かない酒が(全てとは言わないが)多い。同時に、一度温度を上げててから冷ます「燗冷まし」にすれば、その味の良さは結構の残るものだ。
そんな風に再会を果たした、2019燗酒大賞 グランプリを発表させていただく。
藤平酒造『福祝 activa 生 H30BY 特別純米 高温山廃仕込み』。
多くの人は、日本酒を「ブランド名」や、「蔵の名前」だけで覚えてしまう。しかし、これが日本酒の旨さを知る上で時として弊害にもなる。どういうことかといえば、まず「ベンツ」という車を一台想像してほしい。ある人は300万円台のコンパクトなベンツ「Aクラス」に乗って、「ベンツはこんなものか。」と思う。またある人は、たまたま1億円のスーパーカー・「ベンツSLRマクラーレン」に乗って「ベンツってのはフェラーリみたいな車だなあ。」と思う。つまり、たまたま「特殊」な車に乗ったがため、「ベンツ」という車を誤ったイメージで覚えてしまう、或いは極めて狭い認識で「知ったつもりになってしまう」という危険性を持つ。これは、たまたま居酒屋で「新政」や、「田酒」という表記だけインプットして「なるほど。新政ってのははこういう味かあ。」と思い込む誤解を生む流れに置き換えることができる。
だから、「福祝」という酒ではなく、
『福祝 activa 生 H30BY 特別純米 高温山廃仕込み』という一括りで、ご興味があれば覚えていただき、見つけたら呑んでいただきたいと思う。
ちなみにこの長い表記の中で、私が最も肝心だと思うのは、「福祝」という名前と同時に「高温山廃」というキーワードである。「高温山廃」は、千葉はいすみ市・「木戸泉酒造」の専売特許ともいうべき非常に特殊な、言い方を変えれば結構「ヘンタイ」な酒造方法である。私は言わば「木戸泉フリーク」で、かれこれ蔵には3度お邪魔しており、この蔵が醸す燗酒は「私の好きな燗酒top3」に常時入っているという点でも自信を持って語れるところである。しかし、2018年、「Actiba」という3蔵が行っている千葉の酒活性プロジェクトにおいて、藤平酒造にこの技術を供与した結果、突然変異のように多少ベクトルの異なった美味い燗酒が生まれた。(これら3蔵の高温山廃がまた甲乙つけがたく旨いので、酒マニアな方には是非ACTIBA三種を飲み比べして頂きたい)
酒造りにおいてある意味「血が混じる」ということは、時としてこういう素晴らしい化学変化を起すという事実を目の当たりにし、私は今も興奮を禁じ得ない。
とにかくこの酒は、「燗酒嫌い」の人や「初心者」にも純粋に美味しいと思ってもらえるような酒質であると私は信じている。だから、色々な方に飲んでいただきたいし、同時につい先日も八芳園で開かれた「awa酒協会認定お披露目会」で会った私より何倍も燗酒に詳しい「日本酒ツウ」の業界関係者に話したところ、「ああ!あれはねぇ、ビックリした。旨いでよすねぇ、うん。あれは旨い!」と長時間夢中で話し込んだところからしても、筋金入りの「燗酒ツウ」の舌にも適う酒であることも、大方間違いはなさそうな印象だ。
ただ、正直、販売している酒屋も限られているし、実際蔵に在庫があるかどうかもわからない。風の噂では、「来年は作らない」という嘘か誠かわからない情報も入ってきた。「限定酒」なので、どこでどのように呑めるかどうかまではご案内できない点残念であるが、兎にも角にも、見つけたら、この酒を燗にして飲まない手はない。自信を持ってお勧めできる銘酒である。
最後に、今回千葉で被災された方々にお見舞い申し上げつつ、千葉の旨い酒の更なる発展をお祈り申し上げるとともに、忖度無き純粋な「美酒」として、この3つの「高温山廃」を評して。