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「アジア。」

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遠いフランスの首都は知っていても、
カンボジアの首都をさらっと言える人はその半分もいないし、
世界遺産、サグラダ・ファミリアは知っていても、
ボルブドゥール寺院?何それ?という人が大半だと思う。

外国人観光客が毎年増えている。
政府の統計やニュースを見るまでも無く、それは東京の街を歩けば肌で判る。
これって、日本にとってすごく大きな「国益」ですよね。
外国人観光客の消費が増えるという意味で「国益」というのは勿論そうだけれど、
それ以上に、彼らが日本に来たことで「日本を好きになってくれる」とすれば、
それこそ本当の「国益」だと思うんですよ。

自分がアジアの街を「毎月ペース」で旅するに至ったのは、
我々の知らないアジアの素晴らしさをもっと自分自身が知りたいという好奇心が一つ。
もう一つは、
アジアにはこんなに美しい場所、面白い場所、美味しいメシ、
素晴らしい文化があるのだということ、
そして、こんなに気軽に行けるんだ!という事実を
少しでも日本の人に伝えたいと思ったからです。
LCC(格安航空会社)各社がしのぎを削る価格競争をしてくれているお陰で、
品川から踊り子号に乗って熱海の温泉に2泊するのと同じ位かそれ以下の旅費で、
台湾や韓国、香港に行ける。
マレーシア・やフィリピン・タイ・シンガポールに2泊3日でも十分に楽しんで来れる。
そう、アジア旅は今、時間とお金がある人だけのものではないんです。
(どこかのLCCのキャッチコピーみたいですが)

僕らはアジア人です。なのに僕らは今でも西洋の背中ばかり追って来て、
ご近所の良い所と悪い所を知らなすぎているバランスを少しでも何とかならいものかと思う。
数十年前、農業国だった中国がこれほど大きな国になるなんて殆ど誰も想像していなかった。
これから数十年、アジアの勢力図はどんどん変わってゆくでしょう。
そんなわけで仕事の合い間を縫って短くて2泊、長くて5泊で2012年頃の春頃から大体毎月ペースでアジアの街を旅しています。
どういう形かわからないけれど、今こうして蓄積しているものをいつか表現したいと思いつつ、
ゴロゴロカバンを転がしながら今月も成田に向かいます。
アジアからの観光客が増えて、日本人もアジアの国々に行く。
人と人、国と国とは、コミュニケーションで相互に感性も洗練され、
良くなってゆくものだと思います。
2020年。
沢山の外国の方に日本を好きになってもらいましょう。オモテナシというやつです。
その為には、まず我々が近隣の国を知ることも一つ大切な手段なのです。

・・・と、行きたい旅をマジメに正当化しています。

「タレ。」

垂れ

最初に言っておきます。
料理は「シロウト」です。
2020年を迎えるにあたり、
何か自分に出来ることは無いかと日々考えてきました。
一つ、趣味と実益を兼ねてやってみたいことがありました。
それは、
美味くて手軽な「焼き鳥のタレ」を作ること。

外国人観光客の方には、美味い料理を食べて帰ってもらいたいじゃありませんか。
更に欲を言えば、日本の味を持ち帰って、
その美味さを思い出したり、母国の人々に伝えてもらいたいじゃありませんか。

宗教上の理由で牛や豚、魚を口に出来ない人は多い。
貧しさゆえに満足な食事が出来ない人も、
残念ながら、2020年にゼロになっていることは無いでしょう。
でもその中で、人々が最も平均的に口に出来そうな
「和食」に繋がる食材を消去法で絞って行くと、たどり着くのはそう、「チキン。」

今、日本でも「ハラール」と呼ばれる、
言わば「食肉においてシビアなイスラム教義をクリアした鶏肉」も
結構生産されているんです。
(ユダヤ教のカシェル認定食材は難しいかもしれないけど)
「鶏と、炎と、タレ」さえ有れば、
世界中の多くの人が、「本物に近い」味の焼き鳥が食べられるって、
いいじゃないですか。
「YAKITORI」
2014年の春頃から、
連日連夜焼き鳥を食べ歩き、そのタレの特徴や風味を味わっていますけど、
甘くてとろみのあるタレも有れば、
ビターでサラっとしたタレもある。
淡いアメ色のタレもあれば、
チョコレートのような漆黒のタレもある。実に様々です。
自宅では試作1号2号20号30号・・・・
最近は「マズい居酒屋のタレよりちょっと位美味しいタレ」が出来たと思います。
そこでまた、焼鳥って奥が深いと思うわけです。
仕込の手間と技、そして炎の使い方。
これは土産に
「プロはすごい」というのが分かるのが最初の進歩ですね(苦笑)

というわけで、
幸いなことに自分の回りに食品開発の友達や、元大手飲食店経営陣や、
和食のプロが居たりするので、皆さんに頼りつつ、
2020年までになんとか形にしたいのであります。

「写真。」

写真

LCCで旅をする時は、預け荷物に結構な料金がかかるので
持ち込み手荷物の重さに気を遣う。
だから持って行けるものは最小限です。
最近よくやるのは、
「いいかげん捨てようかな」と思うシャツやら下着やらを着ていって、
現地のホテルでポイ。
「これで荷物が空いた分土産を持って帰れるぞ。」
なんてセコイ計算が上手になりました。
そういう旅の中でゴツい一眼レフを持ってゆくのは非常に厳しく、
比較的コンパクトなミラーレス一眼+コンパクトデジカメがベスト。

風景や、カメラのエフェクトを使いたい時にはミラーレス。
自転車で遺跡を回ったり、軽装でブラブラしたり、
マヌケな日本人が行かない方が良いスラムや夜の街はポケットにコンデジ。
でもカメラに収めてたい光景って、大抵何かを撮ろうという意識のない時に訪れるんですよね。
だからiphoneカメラも欠かせない。
本当性能も良くなりましたよね。iphoneのカメラ。
奇跡の瞬間を結構コイツに頼ってます。

でもこのミラーレス一眼、一つ問題がありまして。
ボディが白いんですよ。カッコイイと思って買ったんですけどね。
旅から帰るとまず洗浄ですよ。
これが本当の「洗浄カメラマン」。(←言いたいだけ)

「現代アート。」

アート

何でしょう。ゲージツって。アートって。考えれば考えるほどわからなくなりますが、
考えなければ考えないで、見るだけで面白い現代アートも世界に沢山溢れています。
見るとハッとします。ハッとすることって、何となく人生の役に立つ気がします。
そして、そういう部類のアートの大半は、見た後にとてもスッキリします。
たまに非常に思いテーマの作品を見ても、そういう時が有ります。
風で木の枝に引っかかっちゃった洗濯物が、ふわっと飛ばされるように、
頭の中で引っかかっていた手ぬぐいだか靴下みたいなものが
フワっと春一番に乗って飛ぶような感じ。
人は、大人になればなるほど、ああいう悟りに似た感覚というか、ハッとする瞬間を、
時々求めているんじゃないでしょうかね。

たまに、びっくりするくらい何の役にも立たなそうな芸術作品を見てものすごくハッとします。
こういうものを一体どういういきさつで作品にして皆の前に晒してやろうと思ったんだろう?と、
作者の頭の中にあるものから生い立ち、性癖、色々なものを想像してしまいます。


「瀬戸内」と「越後妻有」と「横浜」で3年ごとに行われる芸術祭、トリエンナーレには
ここ7年位欠かさず行ってるんですが、
活字や音声を使わずに、
感じること、表現したいことをああいう風に表現できるってなんて素敵ことなんだろうと思います。
お酒を呑むと、「ああ、こういうの作ったら面白いよな」
的なアイデアがこんこんと沸き出てくるんですよね。
そういうのをたまにバカみたいにメモに書き留めているんですが、
翌朝見てみて8割はダメなんで、2割は割と面白い。

いつか出してみたいですね。トリエンナーレ。
「芸術」で思い出した余談ですが、そういえば浪人して東京芸大に落ちましたね。
記念受験みたいなものです。懐かしいです。

「器。」

器

ある晩、酒を呑みながらふと思った。
「どうしてこの器で呑むと酒が旨く感じるのだろう」と。
リーデルのワイングラスは、ワインの種類に合わせて香りが立つようにだとかで、
様々な形のグラスが作られているので、
まあ「科学的根拠」があるだろうことは合点が行く。
一方、例えば奥さん(いないけど)が寝静まってから
タッパーで食べる惣菜なんかは、
お店で古伊万里の華麗な器に盛られたものを食べるのと比べれば、
圧倒的に美味しくなさそうな気がするでしょう。
更に言えば食堂の「プラスティック容器で出てくる白飯」。
アレは本当に美味しくない。

味覚というものは、「気分」に影響される部分が多分に有るということは
疑う余地が無いと思うのです。
元々器は好き、益子や笠間の陶器祭りに出向いたり、
旅先で気に入った器を買うことなどは多々あったりしたのだけれど、
昨年末、ふとしたきっかけで、唐津・有田・鍋島・京・美濃などの
陶器の里を回ってしまったことが原因で、
見境の無い「器コレクション」に火がついてしまいました。

桃山時代の発掘茶碗から、
人間国宝のビアマグ。
14代続く窯の高貴な鉢で日々ズルズルラーメンをすすりつつ、
茶道の先生である母の悪影響で抹茶茶椀にまで手を出す蒐集ぶり。
そういうのは酔狂なジジイがやることだろうと思いつつも辞められない器生活。
「和風バーでもやるか」ならともかく、
「窯を持ちたい」とか言い出すのは時間の問題でしょうね。

「釣り。」

釣り

小学校3年〜6年の間、
自転車でも1時間近くかかる、川崎の「釣具の上州屋」に入り浸っていた少年は、
中学に入るとほぼ同時に湘南に引越す。
海まで自転車で十数分という地に住み始めたにもかかわらず、
少年はアレほど情熱を注いでいた「ファミコン」と、「釣り」と、「週間住宅情報」を
何のためらいも無く辞めてしまった。
思うに、「ファミコン」と「釣り」は、短い人生を無駄に過ごす悪行だと、
当時の自分は思ったのだろう。
兄貴が一晩中ファミコンをやっているのを見て「こいつダメだな」と思ったのを覚えてる。
そういう冷めた感覚だから、
釣り糸を垂らして一日中ぼーっと海を見ながら何も釣れないことがあるなんて
「釣りなんぞ時間の無駄の最たるものだ。」と、その時は思ったのだろう。
ちなみに愛読書「週間住宅情報」を読む習慣は引越しで家を買ってしまったので
ただ興味がなくなってしまったのだろう。何せバブル成長期という時勢。
ン千万ン億の戸建の価格がひと月でグングンと変わる。
それをファミコンのカセットの相場を見定めるような感覚で眺める嫌な子供を、
今思えば親は心配すべきではなかったのか。
(ちなみに自分が週間住宅情報を立ち読みしていなければ今の実家には住んでいない)

さて、そんな少年は魚釣りとは疎遠になってしまったのだが、
いつの頃からか「旨い刺身と酒が無ければ生きてゆけない体」を身につけていた。
春には八戸でキンキを炙り、
夏には呼子でアオリイカ。
秋は宮城で活き金華サバ、
冬は北陸のどぐろ舌鼓。
もっと旨い魚を食べられないものかと考えた所、
築地に引っ越すか釣りを始めるかという二択で「釣り」を選ぶ。
最初釣り専用車として使っていた軽バンでは段々釣具が収まりきらなくなり、
今じゃキャンピングカーを探す始末。
旅の通りがかりに回遊していたソウダガツオを釣って、沼津の堤防で〆てワサビ醤油で一口。
三崎の埠頭で釣れすぎたイワシをタパスにしてビールやワインで一献。
落合シェフやらアラン・デュカスの魚レシピ本をAmazonで買って
オシャレメシにも触手を伸ばしつつ、第二次釣りブームを楽しんでいます。

でも、魚って、なんで釣れないんでしょうね。

「酒。」

酒

酒はいいです。「利酒師」というたいそうな肩書きが一度も仕事の役に立ったことはありませんが、
「ああ、コイツ死ぬほど酒好きなんだな。」という名刺代わりにはなるもので、
色々な方にお酒を頂戴し、結局高い年会費の元は取れているような気もします。

日本酒で例えるなら、ツウになればなるほど、「日本酒嫌〜い!」という人に対して
美味しい酒をお薦めすることが下手になるんだなと、
ある日お酒に詳しいおじさんをを見てふと思いました。
だから、
「日本酒苦手な人は一口冷えた無ろ過生原酒を呑んでみてよと囁く会」会長職
(会員3〜4名・・・身内かよ。)を7年勤めてきました。
そして、ひょんなご縁から「クリアアサヒ」のCMに出て
天下のイケメン向井理をド突いたりするような仕事が来るとは、
本当に酒と私とは縁が深いのだなあとつくづく思うのです。
日本酒も国酒です。焼酎も国酒です。
そして日本人が最も消費し愛している「日本のビール類」も国酒です。
国酒万歳!

「車。」

車

車はいいですよね。車。
一体何台乗ってきたか分からないですけど、
中古のボロいベンツから、
中古のボロいポルシェから、
中古のボロいジャガーから、
とにかく背伸びして色々なダメ名車に乗って散々泣いてきました。
実はドMなんでしょうか。
国産車だと、
元個人タクシーで45万キロ走ったグロリアとか、
引越し屋さんの払い下げトラックみたいなのにも乗ってたことがありましたね。
国産車はすごいです。壊れない。
「日本人」であるだけで、ドバイやブルネイでオッサンに好かれます。
「ニホンノ クルマ ハ サイコウヨ!」って。(英語だけど)
でも、なんだかんだ言って輸入車も色気がありますよね。
何でしょう。
壊れるたびに「こんなポンコツ車缶詰の原料.にしてやるわ。」
と思うんですけど、ほとぼりが冷めると欲しくなっちゃうんですよね。

若者が車に乗らない時代だという。
不思議な時代ですね。
一度乗ってみればいいのに。
変な車。

「野球。」

野球

普通、おじさんになったら手持ち無沙汰な時、傘の柄を握って
ついついゴルフのスイングなんかをしてしまうものなんでしょうけど、
自分の場合、おじさんになっても
バッティングもしくはシャドーピッチングをしてしまう癖が全然抜けません。
先日バッティングセンターのストラックアウトの景品に駄菓子を貰いました。
哀しい気持になりました。
野球、大好きなんですけど、頭を丸坊主にするのが嫌で嫌で、
高校では部活に入らずヤンキー連中と野球チームを作って
神社の境内で練習してました。
上手になるわけが有りません。
大学に入ったら入ったで同級生に川上憲伸とかいう規格外の奴がいて、
こりゃ無理だわと「六大学「草」野球リーグ」(←本当に有る)のチームに入部。
ピッチャーだったんですけど、
2年のある日、慶応戦で、メガネをかけた「流木」みたいなヒョロヒョロのび太くんに
痛烈なセンターオーバーの2ベース打たれたショックで引退を決意。
そいつ。ユニフォームさえ持ってなかったんです。オレンジのジャージですよ。
やる気が出るわけがありません。

横浜生まれ湘南育ち。プレイする方もほどほどに、
気づけば生粋の、地元大洋ホエールズファンとしても四半世紀生きてきました。
ベイスターズ友の会?のスペシャル会員とやらにも入ってまして、
2015年にアップグレードしたのか、何故か銀色のカードが送られてきました。
仕組みがあまり良く分かってないです。

負けるのが当たり前。それが大洋から続く伝統。
たまに勝つ喜び。
頑張れ!大洋!今年も応援してます。

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