2021.10.12
201605 Philippinesマニラ⑥ ヘイ、タクシー。フードコートの少女たち。世界の不平等は誰が作る。
201605 Philippinesマニラ⑤ シエスタとスラムと蟹と。 ~ からの続き。
店を出て、モールからの夜景を眺めながら、既にホテルまでの終電が無くなっていることに気がつく。
ホテル迄の足はタクシーの他に無い。
「終電って何の為に有るか知ってるか?・・・楽しい時間を、台無しにする為に有るんだぜ。」と、今思うと気障なんだか気障じゃないのか分からぬセリフをふと思い出した。私が20代の頃女の子を返さないために咄嗟に口をついて出た言葉だ。
東京で終電をなくすことなど、私にとっては冷蔵庫のビールがなくなる程度の些細な出来事だが、さすがにマニラで終電を無くせば俺も途方に暮れるのだな、と熱帯夜の風に呟いてみた。
流しのタクシーをこの深夜のマカティ地区で捕まえる自信は正直無かった。実際外に出て見回してみたがタクシーの姿はない。
仕方なしに高級ホテルの宿泊者のフリをして、おもむろにロビーでくつろいだ後、横付けされたタクシーを拾うという小ずるい手段を使おうとするが、やはりホテルのエントランスにもタクシーは停まっていなかった。
歩いて帰れる距離ではない。やれやれ。仕方がない。歩きながら、運良く来たタクシーを停めるという日本の地方都市では有り勝ちな捕獲方法が果たしてこの街で成功するかわからないが、なるべく車通りの多く、且つ中心地に続く幹線道路をとぼとぼと歩くことにした。
不安に駆られつつ暗い道を3分程歩いただろうか。遠い反対車線に、思いがけず空車ランプの灯火が流れた。1,5秒悩んで、即座に手を上げ、運転手に渾身の気迫で叫ぶ。「Hey!…Hay!!! taxi!!!」
停まった。3車線超しに、ホテルの名を告げる。運転手はクールに頷きリアシートに乗れと指でジェスチャーを送った。私は小さなフェンスを乗り越え、信号を渡って反対車線に回り込む。
助かった。
寡黙な若い運転手だった。余計なことも言わずメーターを下ろし、静かにダウンタウンに向けてアクセルを踏む。オフィス街なのか、スラムなのか、どちらでも無いのか分からぬ暗い街並が、左から右に、何かのスライド写真のように流れてゆく。
涼しいカーエアコンの心地良さに浸り5分ほど暗い街を眺めたところで、先ほど散歩したスラムの高架鉄道沿いの道の景色を思い出した。きっと、この道も、あのスラムと呼ばれる街も、住んでしまえば何てことのない場所なのかもしれない。世界の色々な街を散々旅して来ながら、ただのイメージで不安が先立ってしまった自分が少し情けなく思えた。
ホテルの僅か手前のコンビニで、「ここでビールを買うから」と下ろしてもらう。運転手にメーターに表示された料金を渡すと、寡黙にそれを受け取り、チップを求めることなく去ろうとする。メーターを使わず過剰な要求する運転手も居れば、淡々と仕事をこなして夜の街を流す彼のようなタクシードライバーも居るのだ。カーラジオから流れていた重々しいEDMの余韻をリフレインしながら、あまり冷えていないビールをコンビニの冷蔵庫から取り出し、夜の仕事帰りかミニスカートのセクシーな女の子と少年が並んでいるレジの後ろに並んだ。少年が私の顔をジロジロと眺めているので「超眠い。」と英語で言うと、2人とも無言で笑った。そういえば細かい金はタクシー運転手に渡してしまった。私の番が来て、レジのおばさんに札を渡すと、「細かいお金無いの?」と聞く。「あいにく今、タクシーで使っちゃったんだ。」急に旅慣れない日本人の振りをしてジェスチャーをすると、「オーケー。仕方ないわね。」といった苦笑いを浮かべ、細かい釣りをレジから出してくれた。「ありがとう。おやすみ。」「おやすみ。」
ちょっと前まで何かを怖がっていたのに、ずいぶん、マニラの空気に慣れたもんじゃないか。と心の中で自分に語りかけた。
部屋に帰りベッドに倒れ込みながらメールをチェックする。ビールとついでに買ったローカル・スナックを口の中に放り込んだのだが、それが思いの外大味で面食らう。「まだまだ。マニラを知った気になるなよ・・・」と言われているような気がした。
◆
カーテンを閉めずに寝ていた。学校だか公共施設だかわからない、味のある旧い向かいの建物の窓が、東からの陽光を浴び私の部屋まで反射していた。効きすぎたエアコンを一度止め窓際に立って階下を見下ろすと、ジプニーが朝を告げる鶏鳴のようにけたたましいクラクションを鳴らし、街はもうエネルギッシュに動いていた。アジアの朝だ。私はこの喧騒が結構好きだ。
チェックアウトをした上でフロントで荷物を預かってもらい、すぐ近くのロビンソン百貨店でブランチを食べることにする。昼飯の時間には早く、気になっていた洒落たフィリピン料理の店は開店前だった。3Fだか4Fだかのフードコートが随分と混雑していたので、そこでマニラ市民が普段食べるカジュアルな料理を味わってみようと決めた。昨日の蟹が割合高かった分、今日は食費を押さえよう。旅のバランス。揚げ物から、謎の煮込み料理、麺類、中華、欧米のファストフード、そしてエセ日本食・・・
2往復くらいして一番フィリピンらしい料理が並んでいる「プレートランチ」の店を選んだ。サンプルメニューの表示が分かり易く、日本では食べる機会が無さそうで、まずまず美味そうだった。指を差して2つの総菜を選ぶ。「謎」ではあれど、大きな失敗はなさそうな料理。目をつけていた席がちょうど埋まってしまったので、ほぼ満席のフードコートを彷徨った。
大きな柱の脇に1箇所、とりあえずは盆を置けるスペースが有った。椅子は無いがそこは立ち食いそばという日本文化に馴染んだ私にとっては何の問題もない「食事スペース」だ。
盆を置いて、案の定感動するほど美味くもない謎のおかずを食らい始めると、私の左側に座っていた年の頃恐らく中学校に入りたてくらいだろうか?印象的な、とても綺麗な目をした美少女姉妹2人が「私の椅子を使って。」と椅子を降りようとする。「ありがとう、でも大丈夫だよ!」と遠慮する。「使って下さい。いいの。私たちはもう食べ終わるし、こっちの椅子を2人で使うから。」と言いって椅子をよこす。ありがたい。マニラでこんな親切を受けるなんて。快く「ありがとう。」と言うのが大人としてのマナーだ。
年老いて電車で席を譲られた時「席を譲られる年じゃないわ。」と思うのではなく、好意を有り難く受け入れられる老人でありたいと思った。
「もう食べ終わるから」と言った彼女達だが、案の定永遠とも思えるお喋りをしながら食べているので、実はなかなか食べ終わらない。結局私の方が彼女たちより先に食べ終えてしまった。礼を言って、椅子を返す。「とても親切にありがとう。フィリピンの女の子は優しいね。バイバイ。」と言うとキョトンとしながら、「・・・バイバイ」と2人がシンクロ気味に手を振ってくれた。私が食べるのがあまりに速かったからなのか、それともいちいちバカ丁寧にお礼を言ったからなのか。又は、私の英語が下手糞でうまく伝わらなかったのか。「キョトン」の答えは、マニラを立ちこれを書いている今も分からない。
ただ昨日、シロツメクサを摘み、通りゆく車の窓を激しく哀しく叩く貧しい少女と、優しい心と社会マナーをしっかり教えてもらったフードコートの少女との対比が、何だか私の心を暗くした。世界は、「近い場所」に「沢山の不平等」を作る。昨日の不良タクシー運転手の「それは、仕方がないことなのさ・・・」と言いたげな無言の表情を思い出した。そうなんだ。私自身も、世界の不平等の一端を担っている1人に違いない。何杯飲んだか覚えていないようなホテルのビール一杯100ペソ分で、あのホームレス少女のシロツメクサの首飾りを買ってあげたなら、あの子の一日・・・いや、もしかしたら1週間分の小さい幸せを埋め合わせられたのかもしれない。アジアの貧しい街に来ると私は時々、世界の片隅にある出来事を忘却したまま安穏と過ごしている自分に嫌悪感を覚えるのだ。
◆
甘いコーヒーを飲みながら気持ちを切り替えた。世界の現実を知らないより、知っただけでも俺は優しく人間らしくなれる筈なんだ。と。また忘れそうになったら、この旅の経験を書いた自らの文章でしっかり思い出せるようにすればいい。と。
さて、今日はイントラムロスでも散歩しながら、何か良い写真を撮れればいいかと安易な1日を描く。
「イントラムロス」は、16世紀に造られたマニラの「城塞都市」だ。ファミコン世代の私は、ドラクエで出てきた「城塞都市メルキド」という街を彷彿する。
マニラの歴史的観光名所としては、最も見応えの有る場所の一つと言っても良いだろう。教会、区画、そして大聖堂の迫力。時折現れる客引きのほどほどにしつこくもユルさの加減で言えば、私の知る限りアジア屈指と言っても良い。
ショッピングモールにあるカフェの電波を広いながらgoogle mapを見ると、高架鉄道駅がイントラムロスの近くまでは行っているようだ。蒸し暑く気温も高い一日だが、15分も歩けば恐らく辿り着けるだろう。
つづく