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2021.07.10

201605 Philippinesマニラ⑤ シエスタとスラムと蟹と。

201605 Philippinesマニラ④シロツメクサの首飾り。・・・からの続き

 

ロビンソンモールから5、6分ほど歩いた所がこのKホテル。
下町歓楽街エリアの外れにあるギリギリ中級ホテルといったところか。昨日のコパカバーナが中の上だとすると、こちらは明らかに中の下だ。駅やショッピングモールも近く、立地的には好条件だが、いわゆる格安パックツアーで用意されるなら一番安いランクのホテルに該当するかもしれない。


フロントの女性が異常にテキパキしている。チェックインの手続きをしながら掛かって来た外線と内線の電話を実に3本も片付けた。しかし、仕事ができる女性にありがちな超早口。聞き取れたのが大体6、7割。自らのヒアリング能力が低いことを棚に上げて言うことではないが、ネイティブであれそうでないであれ、やたら言葉が早口というのは外国人への接客上、決して良いことではない。日本の航空会社の小慣れたキャビンアテンダントが、まあまあ日本語訛りの早口英語を聴いていると少し心配になる。何故なら、それは英語ネイティブの人にも聞き取りにくいらしいからだ。外国語に自信が有る人、慣れた人ほど気をつけて欲しいと思う。重ねて言うが、私に言われたくないだろうけど。
 

 「女性差別」と言われてしまうかもしれないが、これは差別的意味なく捉えていただきたい。得てして海外のテキパキした女性に「え?何ですか?」「聴き取れませんでした」と言うと、更に早口でまくしたてるように喋られることが割合的には非常に多いのだ。当然、余計に聴き取れない。最近では南インドの空港カウンター係と、高級ホテルのスタッフの女性がともにそうだった。「自分の発音が悪いと言われているようで腹が立つ」のか「さっさと業務を片付けたいのに。面倒くさい客ね!」とイラっとするのか、或は両方なのかもしれないが、互いに気分は悪い。
だから、もし聴き取れないときは、大体聴き取れた風にうなずいて、分からなかった部分を、こう言ったんじゃないかと推し量りながら、笑顔で反復して聞き返す。そうすると、イライラしたり機嫌を損ねたりすることも少ない。

 そんな訳でこのホテルのフロントの彼女に対して、「OK。デポジットは・・?えー、カード?現金?了解。チェックアウトの時にそれを・・・?OK。ありがとう。」最初少しぴりっとした表情が、チェックインを終える頃には完全に和らぐ。(以降、ホテルを出入りする際はニコニコと微笑みを返してくれるようになった。)
 そのお陰というわけでもないと思うが、ラッキーなことにスタンダートの部屋を予約したにもかかわらず道路側の、大きな窓が有るだだっ広い部屋にアップグレードしてくれた。キングサイズのベッドにソファ。必要はないけれどテーブル2つに椅子が3脚。悪くない。ホテルに来る途中のセブンイレブンで買った、恐らく中国OEMのスーパードライを呑みながら、ゴーゴーとうるさく涼しいエアコンの風と冷たいシーツに身を委ね寝転がっているうちに、うとうとと眠気が襲う。1時間2時間を惜しんで無理して観光した所で疲れるだけだ。
 せわしない街の喧騒が小さく聴こえる。のんびりとした、元々のフィリピンの風土に合わせて、私はシエスタを取ることにした。

 南の国のシーツに包まれ、寒いほどエアコンの利いた部屋での昼寝というのは、どうしてこれほど気持ちが良いのだろう。綺麗な夕日が窓に差し込み目が覚めた。時計は4時を回っている。小一時間の予定が、さすがに3時間も寝てしまったことに少し後悔する。

 丁度マニラ市民の帰宅ラッシュの時間のようだ。ホテルの下を眺めるとジプニーとバイクとタクシーが、隙間なく鮨詰め状態で道路を埋め尽くし、時々その固まりが青信号で僅かに形のバランスを崩しながら移動するといった感じだった。
顔を洗いホテルを出て、そんな町の様子を眺めながら暫く散歩した。大都市でありながらも、歩道の段差が結構凄い。途中見たダイナミックな道路工事は、あたかも道を爆撃されたかのように道路の真ん中を深く裂き、汗だくの工夫たちは上半身裸で仕事をし、そのままの格好で帰り支度を始めていた。

 夜の町に出勤するであろう見事なボディーラインの厚化粧が、悪路を事も無げに颯爽と歩く。薄汚れた食堂の表に出されたテーブルで、美味そうに飯を食う筋骨隆々の男は、はしゃぐ痩せた子供達を適当にあしらう。盗品なのか、傷だらけのiphoneを地面に並べて売る若者。皆が、この町の「動く景色」として鮮やかに目に映る。旅人はただの旅人だ。この町を去っても誰も気づかないし悲しまない。きっと透明人間が世の中にいたとしたら、こういう気持ちで世界を見るのだろうと想像する。「一度透明人間になって世界中をただ歩くだけの退屈な旅をしてみたいものだ」とも思うが、それは10日くらいで飽きて寂しくなってしまうだろうか。

 1時間ほど歩いた所で腹が減ってくる。やれやれ、歩いて、寝て。歩いて、腹が減る。これを「贅沢」な時間の使い方と言うのか、それとも「怠惰な旅」と呼ぶのだろうか。いずれにしても、仕事をしても、寝ていても腹が減る。当然の生理現象だ。
 途中何度か道路を湿らす程度の雨が降ったが、気にせず歩いて駅に向かった。日本人観光客はまずあまり乗らない市民の足、高架鉄道だ。券売機が無い。カウンターでチケットを買う。乗り降りの階段が別れていて、逆流が出来ない。(逆流しようとして以前警備員にものすごく怒られた)行く先の駅の表示板は、有って無いようなものだ。しかも夕方の混雑具合は金曜23時の田園都市線と良い勝負だ。スリも多いらしい。正直、前回の旅でこれに乗らざるを得ない時は、ものすごく緊張した。
しかし経験というのは気持ちを変えるもので、むしろ今回はなんだか乗るのが楽しみだった。昭和の頃の町が、今と比べて本当に薄暗かったのかは今となっては比較しようがないが、子供の頃に見た国鉄の駅の薄暗さを彷彿して妙な郷愁を覚える。

マカティに行くため、ペドロギル駅からエドサ駅までの切符を買う。エドサ駅からタフトアベニュー駅まで歩き、アヤラセンター駅までの切符を再度買う。前回はそこで方向を誤り、高架沿いに歩いていたら、いわゆるスラム側に迷い込んでしまい怖い思いした。


 エドサ駅で降りる。前回と同じように、スラム側の方面に横断歩道を渡り歩いてみる。「スラム」とは言えもっと悲惨なスラムはこのマニラの界隈に幾つか有るわけで、人通りの多いこのストリートの露店や屋台群を見ているともはや祭りの「縁日」や台湾の「夜市」のように見えて来て、もはや感覚的にはスラムではなくなっていた。人は時にそれを「慣れ」と言い、「麻痺」とも言う。出来れば前者であって欲しいと思いながら、500メートルほどのんびり歩き、再び駅に戻った。

タフトアベニュー駅は始発駅だ。混雑時の空港イミグレーションレーンのように、列を何度か折り返して切符売り場に向かう。切符を買うと暫く薄暗い通路を進み階段を下りると、左右の線路に折り返し電車が停まる。丁度左レーンの列車が出発し、右レーンに入ってくる列車を待つため階段の辺りからロープを張られる。係員のロープ裁きに沿って、人が誘導されて行く。なんだか正月の初詣のようで面白くてその様子をじっと見ていだのけれど、地元の人にはそれの何が面白いのだと思うのだろう。
 5分程の停車の末「マニラの都電荒川線」はギュウギュウで発車する。マニラの若者は、しばしばいい匂いのコロンを付けている。乗った車内は幾つかの種類のいい匂いで包まれていた。車窓から赤いテールランプで混みに混んだ道路が見える。線路に並行した道路は空いていて、時々速い車に追い越される。十数分ほどで「アヤラセンター駅」に着く。この駅は、いわゆる「アップタウン」の入口だ。改札を出ると大きなデパートやショッピングモールが目の前に現れる。街のつくりも、歩く人々の服装も、先ほど迄歩いていたスラムや、ホテルの有るマラテ地区とはまるで違う。浅草上野をマラテに例えるなら、この「マカティエリア」は六本木と言った所だろうか。

駅からデパートに沿って歩き、グリーンベルトという、洒落たエリアへと向かう。前回の旅で食事をしたフィリピン・フュージョン料理の「Mesa」という店がここにあり、迷っているうちにいくつか美味そうな店を見つけたので、今回はその辺りの店を物色しようと思った。気づけば20時を回っていたので、あまり悠長に店を選んでいる暇はない。とはいえ、日本にはあまり無い感じの、世界各国の美味そうなレストランが軒を連ねる巨大モールだ。一通り1Fから3Fまで駆け足でぐるっと回ってみる。最終的に海鮮料理が食べたくてカニのレストランに決めた。何種類もの味付けがメニュー表に有り、これがいかにもという南国的シズル感が有った。
メニューを見る。大きな蟹。●●ペソ〜時価。「時価」というのは何処の国に居ても怖いものだ。
「一人で来てるから、一番小さいのを下さい。」と言い、蟹の味付けはおすすめのものにした。
ラストオーダーに近いようで、客は既に満腹で帰ろうとしている人々が殆ど。掃き掃除を始めたり、着替えて帰るスタッフも居たその辺は日本の飲食店と違うなあと笑ってしまった。
尋常でないくらい美味そうで、想像より遥かに巨大な蟹がテーブルに運ばれて来たのはその十数分後だった。「ちょっと待ってくれ・・・小さい蟹って言っただろう?」と言うには言うが、先ほどの店員とは違うし、何と言っても美味そうだったのでクレームは胸にしまっておくことにした。完敗だ。

次回:「ヘイ、タクシー。フードコート・ガール。世界の不平等は誰が作る。」

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