2021.07.04
Sakawa-project2020秋/酒匂川5蔵の宴。
<南に進路を変えた台風。奇跡的の秋空の酒宴。>
黄金色の稲穂が揺れる10月半ば。足柄の山々を望む大屋敷には、台風一過の奇跡とも言うべき秋晴れの空が広がっていた。「酒匂川沿い5蔵の酒宴。」は、西日本で猛威を振るう台風の予報により、当日まで開催自体危ぶまれていた。嵐の中、「和」のドレスコードという条件に参加を見合わせせざるを得なかった方々も多く、10名程がキャンセルとなってしまったものの、遠路ご参加いただいた皆様とともに「地の美酒」と「地の素材」の料理を堪能する時間を持てたのは、今思えば足柄や丹沢の神様の計らいであったのかもしれない。何故なら台風は、かつて気象予報で見たことの無いようなUターンを描き、前の晩に伊豆諸島方面に南下していったのだ。
1つだけ残念だったのは、小田原早川で人気の日本料理「ながや」さんに仕出しをお願いしていた料理の半分ほどを、台風の影響で数日前にキャンセルせざるを得なかったということだ。各蔵の酒とのペアリングまで考察、準備いただいたオーナー長屋氏の地物料理を、個人的に非常に楽しみにしていただけに、痛恨の極みである。幸い、当日ご用意いただける料理に関しては、親友Kくんがながやさんから運んでくれて用意が出来たこと。サポートいただいた3蔵の蔵人と友人たちのサポート、そして会に色を添えてくれたおかげで、大変素晴らしい宴となったことに、改めてこの場を借り感謝をしたい。
<同じ水源。浮き彫りになる蔵の個性>
酒質の根本にを決めるのは「水」と言われる。日本酒に限らず、料理、蒸留酒も、基礎となるのは「水」である。日本酒の場合、水から始まり造りや米/麹/酵母と掛け算で醸成してゆくわけだから、水質が酒の味に大いに影響することを疑う余地はない。水系、地域性で酒の味に個性・特質が出ることは、酒イベントや試飲会などで各地の仕込水を飲み比べて見れば得の行くところだ。
今回のように同じ水源で醸される酒を味わいながら、そこに「共通点」を見つけられるとするならばそれはその水の特質であり、「違い」を見つけられるとすればそれは酒蔵の「個性」を浮き彫りにすることと言える。「地域(の水)」と、「酒」を知る上で、それはとても価値があることだ。
<酒匂川5蔵とは>
「酒匂川5蔵」という名で、かつてこの蔵群が呼ばれたことはなかったのではないだろうか。各蔵凡そ10キロの範囲内、酒匂川から直線距離2キロと離れない立地に存在する、日本酒ツウと言えどもこの5蔵の名前と銘柄すべてをご存知の方はきっと殆どいないことだろう。
中沢酒造 松みどり
井上酒造 箱根山
瀬戸酒造 酒田錦
川西屋酒造 丹沢山
石井醸造 曽我の誉
(銘柄は主なブランド)
「酒匂川」 日本酒好きの心をこれほどくすぐる河川名はそう多くないだろう。今回は神奈川県を代表するこの「酒匂5蔵」の酒を、継続的にこの地で愉しみシェアして行くための言わば「叩き台」としての開催ではあったが、実に3蔵の方々に来場頂き、色々なお話を伺えたことは非常に貴重なものだった。
全面的に協力頂いた中沢酒造の鍵和田氏と、友人の井上酒造・湯浅氏。会場である瀬戸屋敷の運営もされている瀬戸酒造・森氏にも、改めてこの場を借り御礼申し上げたい。
<郷土の素材、郷土の味>
今回皆様にご用意させていただいた料理とペアリングを紹介しておこうと思う。まずは、日本料理「ながや」より、
箱根山(隠し酒) × ワカサギの飴煮
曽我の誉(秋あがり純米吟醸) × 豚肩ロースハム
丹沢山 × メジマグロ クロシビカマス炙り(私の大好物の深海魚である)
松みどり(s.tokyo純米吟醸) × 和梨、シャインマスカット、ピオーネのの練りゴマ白和え
普段から地元神奈川の地酒と食をを推し提供している名店だけあって、さすがのペアリングだ。
他、
瀬戸酒造 (セトイチ いざ)
松みどり(特別純米 火入れ)
のアテは、僭越ながら私が用意した。
「泡盛&酒匂2酒と醤油の豚角煮」
「秦野落花生の鰹節&曽我梅林の梅酢煮」。
私自身、準備に手一杯で、ゆっくりと皆様と一緒に全ての料理のペアリングを味わうことは叶わなかったが、時折手を休め酒を注ぎつつも、順番に殆どの料理と酒を堪能させていただいた。(主催側ながらもしっかり味わい呑むのは、私の宴のポリシーなので)
<松田町・寄のサクラマス×屋敷の釜炊き〆ご飯>
遡ること宴の2週間前。実は中沢酒造・鍵和田氏と松田町長のご協力により「松田町寄自然休暇村養魚組合」から「肴」の提供を頂けることになった。
国道246号線から、曲がりくねった山道を進んだ先にある自然豊かな「寄(やどりき)」という地域に育つ「サクラマス」だ。ご挨拶と見学を兼ね、組合にお邪魔した際、元気な鱒たちが渦を描くよう悠々と泳ぎ回る様子が今も瞼に浮かぶ。
地域産品として人気の「桜鱒燻製」。そして、これから販売が予定されている「桜鱒の干物」まで、アテといて文句ない食材を色々と試食させていただきつつ、方向性は決まった。今回は産卵前に収穫した、最も大ぶりの桜鱒を数匹ご提供いただけることとなり、この鱒を使った何か新たな料理に挑戦したいという考えから、宴の「〆」の「桜鱒の炊き込みご飯」が生まれた。
会場の瀬戸屋敷には、薪で米を炊ける大釜がある。これを使って米を炊く。魅力的な「アクティヴィティ」だ。無論、素人が薪を使い火を入れ、釜で飯を炊くというのは無謀なこと。瀬戸屋敷のボランティア・サポーターの方にお手伝いをいただき、窯に火を入れる。瀬戸屋敷で「炊き込みご飯」を作るのは、実は今回が初めてということで、仕上がりは一抹の不安はあったのだが、釜の蓋を開け、ふっくらと粒の立った足柄の新米と、美味そうに横たわった桜鱒が蒸気の中から姿を現した際には、大きな歓声が湧き上がった。この宴の忘れ難いワンシーンである。
お越しいただいた皆様からの反応も良好で、且つ、帰りには瀬戸酒造と中沢酒造を簡単に見学いただき、「記憶に残る本当に良い宴であった」という言葉に、最後は胸を撫で下ろす。日が暮れて、ほろ酔いでたどり着いた中沢酒造で、秋の虫が飛ぶ風景を眺めつつ頂く一杯はやはり格別だった。
<宴の四季>
冬には青々しい搾りたて。春にはフレッシュな生酒。夏にはキリッとした吟醸。秋にはひやおろし。
日本酒は、四季で様々な酒を愉しめる珍しいタイプの酒だ。同時に、現代の酒質の進化は目覚ましく、そのバリエーションも増え続けている。
酒匂川や周りのの景色も、季節季節でガラッとその様相を変える。この風土と四季を感じ、価値を見つけてゆくことは、「地酒」にはとても大切なことなのだと体感した。地域には実はあまり知られていない季節の素材や産品も沢山あり、そこには「進化する地酒」との「掛け算」のペアリングが存在するのだ。
コロナの影響下。まだまだ大きな会合が許されない現状と、先行きが見えない歯がゆさの中に、今尚皆が身を置いている。しかし、その長いトンネルの先には、地域の豊かさと酒を世界に発信するフィールドがあることは確実だ。
皆さんとその「掛け算」を探し、愛でながら、今後もシェア合うことが出来れば最高だと思う。