2016.02.18
静嘉堂文庫にて「抹茶」VS?「煎茶」。
世田谷の外れ。静かな小高い岡を上ると見えて来る瀟洒な建物。三菱財閥の岩崎家がコレクションした書物や美術品を多数収蔵している「静嘉堂文庫」だ。
一昨年あたりから自分の中にふつふつと沸いた尋常でない陶磁器への好奇心がいよいよ熱を帯びる。美術書や図録で度々見てその美しさに思わず引き込まれた「曜変天目」という茶碗をこの美術館が所有していると知り、一目見ようと昨年の春頃訪ねたが、惜しくもリニューアル改装の折その願い叶わなかった。
取り憑かれたように古陶の里を歩き回った、暑い夏が終わった10月の末。改装後初めての展覧会が開かれると風の噂に聞き、メディア向け内覧会に意気揚々と出向いた。
「金銀の系譜ー宗達・光琳・抱一をめぐる美の世界—」。(この展示は終了しています)
重文 尾形光琳 「住之江蒔絵硯箱」を始め屏風、工芸品、多数の見事な淋派作品の数々。個人的には「金」よりも、渋い「銀」箔が煌く酒井抱一の「波図屏風」が印象的だった。劣化しない金箔と比べ、銀箔は時とともに黒く変色してしまう。しかしこの銀屏風は百年以上経った現在も、キラキラとまではいかないものの貫禄あるマットでな光を反射させ続けている。学芸員の方に聞いてみたところ、「錆びずにこの状態を保てている理由は、文化財保護の観点から検証が出来ていない」とのこと。つまり今もなおこの輝きが解明されていないということだ。何というロマンだろう。見逃した方には是非、美術館の図録をご覧頂きたいと思う。
金銀煌びやかな展示に心もいにしえの世界へと誘われつつ、最後に一番目当てにしていたアノ、世界に3つしか存在しない茶碗”と念願の対面だ。
まるで宇宙の神秘を思わせる、青く妖艶に煌めくその不思議な模様。これと同じ曜変茶碗を作ろうと過去幾多の名工達が挑戦し、夢破れてきた歴史。
この際の展示の醍醐味の一つは、人工的な照明の下ではなく、曜変天目茶碗が意図的に「太陽の光が差し込む」フロアに設置されるという思い切った試みだった。徳川将軍家、春日局などが、その手に持ち見たであろう日の光に煌くその様に、少なからず感動を覚えた人も多いことだろう。
そして、1月の終わり、静嘉堂文庫美術館リニューアル後、第二弾の展示が始まる。ラジオ関係の友人に頼み今回内覧会に同行させてもらう。
静嘉堂文庫美術館「茶の湯の美、煎茶の美」。
「茶」の美術品といえば、やはり誰もが想像するのは、利休や、織部、そして名だたる大名が所有した「抹茶」の茶碗や茶道具を想像する所だ。勿論。秀吉や家康、利休などに愛でられた茶器の数々を見ることが出来る。
しかし、今回の展示は、その「抹茶」の美術品と同じだけのボリュームで、主にこの美術館が所有する「煎茶」の美術品が紹介されるという、展覧会としても非常に珍しい試みが素晴らしい。「煎茶」の美術品を数多く知っている茶人は、実はそう多く無いのではないだろうか。
まずは入って右・抹茶の展示だ。入口で出迎えるのは、南宋時代(13〜14世紀)茶入(抹茶を入れる茶道具)「付藻茄子茶入」(重要文化財)だ。実はこの器、大阪夏の陣にて大阪城とともに燃えてしまったものを江戸期の高度な漆塗りの技術をもって完璧にまで復元されたのだ。
奥に進むと、その他数々の名茶碗、名茶道具が限られた展示スペース内に、想像以上の数の展示がされていることに心躍る。勿論私のような人間が汗水垂らして働いた所で手に入れることは叶わないものたちが殆どだ。けれど、もし、手に入れられるなら・・・と物欲の強い自分は立派な想像、いや、妄想をついつ美術館でしてしまう。もし自分がルパンなら、不謹慎ながらこの美術館で一番最初に手にしてみたいのが曜変天目。言わずもがなこの神秘的な茶碗は、作られた中国にも「完品」は一つとして存在しない。(極最近、完品に近いものは発掘されたようだ)最近では中国の陶芸家、そして京都のある陶芸家が苦心の末これに近い模様が現れた曜変天目の制作に成功したという。まさに陶芸におけるロマンの象徴とも言うべき、最高峰の茶碗の一つである。
次いで、手にしたいというより、これで美味い茶をたててみたいと思ったのが「井戸茶碗 越後」。曜変の輝きの対局。「詫び」の極地。
改めて遠景で見る限り、茶色い、薄汚い茶碗にしか見えないこの茶碗。しかし間近で見れば見る程、これほど見事な井戸茶碗を直に見たことが無い。茶陶素人が、あまり知ったようなことを言って後で叱られたり恥をかくことを覚悟の上で書くが、これはまさに自分が茶器に惚れた理想型と言って良い。萩や唐津の茶碗は、まさにこの手の秀逸な茶碗を手本としてかつて無数に作らてきたに違いない。利休が愛した詫び寂びの究極とも言うべき美を、感じることが出来る。
他にも、花瓶や、水指、茶入れ、棗と仕覆など、偏らず幅広い茶の湯の世界の逸品を間近で観ることが出来ると言う点では、これら抹茶道具の展示部分だけでも、十分に入館料を払う価値が有ると言える。
しかし、抹茶道具の展示スペースから奥に進むと、いよいよ煎茶器の展示スペースが現れる。日本の上流階級や風流人が、中国や朝鮮から伝わった抹茶の文化をオリジナルに昇華させ独自の美的感覚や流儀・作法に傾倒していったのが主に日本の歴史に置ける抹茶の茶道文化だ。
しかし、当時文化と先進国であった中国では抹茶は時代とともに廃れてゆき、やがて煎茶の喫茶文化が花開き、独自に洗練の歴史を歩んでいったようである。確かに今でも台湾に行けば「茶藝館」と呼ばれる茶の専門店が街のあちらこちらに有り、抹茶とは全く違った作法と茶道具を用いて煎茶楽しむ文化が広く根付いていることを知る。そんな台湾の専門家がこの会期に合わせて訪れ、今回の展示物である煎茶器の数々を見て、「これは中国を含めたアジア文化圏においてでも大変重要な宝だ。」と驚愕したそうだ。
小振りな磁器の碗に描かれた繊細な模様。急須の口の細やかな技巧。最近学び始めた抹茶の茶器と比べても不勉強な分、どのように優れた物なのかということが、学芸員の方の説明や展示説明文無しにはなかなか分からない所も正直多い。だからこそ、日本においてメインストリームでなかった煎茶文化を知り、一部の好事家の間で大事にされた煎茶の優品を見て目を養うには絶好の機会というわけだ。
朱泥や紫泥といった土はいわゆる日本の急須などでもしばしば使われていて知っていても、梨皮泥という土を使う名品を初めて目にした。「茶銚ちゃちょう」「茶罐ちゃかん」「茗碗めいわん」「湯罐とうかん」「茶心壷ちゃしんこ」「水注すいちゅう」など読めないどころか初めてその名を聞く茶道具についつい興味を持って行かれてしまう。
中国の名品、日本の名品、それぞれを見つつ目を養える滅多に無い機会ではないかと思う。
「煎茶」という茶道文化を知る上では大変貴重な展示に、この冬是非訪れてみては。
平成28年1月23日~3月21日迄。
http://www.seikado.or.jp/exhibition/index.html