2016.02.01
201211SINGAPOLE ①青カビチーズの欠片。マレー語とタブロイド誌。
11月の冷え込んだ早朝の成田空港に向かうバスの車窓は、冬の景色だった。枯れた荒地瓜の蔦が林とも丘とも言えぬ荒涼とした大地に網を張っている様子が、余計寒々しく見せているのだろう。定刻数十分遅れで飛び立った中国東方航空機は、成田からまず上海に向かう。いかにも中国らしい機体カラーリングと、LCCほどではないが簡素な機内設備はむしろ今時目新しい。機内に流れる中国語アナウンスが流れる旅に、何か聞き取れる言葉は無いかと耳をそばだてたが、殆どゼロだった。恐らく朝鮮半島であろう上空を通過し、やがて機体は上海に着く。浦東空港でほどほど退屈なトランジットを経て、次は上海航空に乗り換える。CAが美人だ。が、しかしやはり中国東方航空と大体は同じ印象だ。だからと言って文句は無い。とにかく無事に安全にシンガポール・チャンギ空港に到着するのだから。
成田空港のエントランスからシンガポールのMRT(地下鉄)地上乗り換え駅まで、実におおよそ8時間振りに触れた外気。亜熱帯特有のまとわりつく湿気。あらゆる物が混じり合って醸す南方アジアの街の匂いは、香港のそれに似ていた。日本の何処の街とも違なる南方特有の空気だ。
前日に見たシンガポールの天気予報は、金、土、日と「雨」、「雷」、「雨」、「雷」、「雨」、「雷」。いっそシンガポール行きの乗継ぎ便をキャンセルして上海で降りて小籠包とカニ巡りの旅に変更してしまおうかと、出発前には真剣に考えた。湿度は連日80%以上。近代都市シンガポールと言えども雷雨なら街歩きなどは出来そうにない。寒さが苦手な自分にとって、たった一の救いは、東京より遥かに高い32度という温度だけだった。
途中駅でMRTに乗り込んで来た50代位の男性が向かいの席に座り、恐らく、いかにも観光客風に映った自分に向かってマレー語と思われる言語で2度何か言った。「あんた、ここで列車乗り換えねえと市街地に行けねえぞ。」と言ってくれたに違いない。半分位の乗客が駅で降り、彼が筒状に丸めたタブロイド誌でプラットホームの方向差してくれたお陰でその言葉の意味が十分に分かった。
礼を言って車両から飛び降り、日が落ちたプラットフォームで乗り継ぎの電車を5分程待つ間に、体表の毛穴という毛穴が汗が吹き出し始めようとしていた。
シンガポール。小さな国だ。亜熱帯。中継貿易国というか今は「ハブ都市」と言うのか。教育水準が高い。あとは・・・そう。「ガムを吐き捨てたら罰金を取られる」と、中学校の退屈な授業で教わったような気がする。シンガポールについてぱっと連想出来るイメージといえば大体そんな所か。あとは、思いのほか大きくないらしいマーライオン。最近の話題では、マリーナベイサンズと、その屋上プールの景観。その位だ。つい先月までシンガポールに行くつもりなどピンヒールを履いて銀座に行くのと同じくらい想像もしていないことだった。
神保町駅から御茶ノ水駅に向かう、とある夕暮れのことだ。途2013年と印字された手帳が恭しく文房具店のディスプレイに並んでいるのを見かける。家に帰るとガス会社のロゴが入ったぱっとしない2013年カレンダーがポストに届いている。大掃除と年賀状と伝票の整理をしようと思った頃には、既に年が明けている例年の虚無感と危機感の入り混じった感覚。2つのカレンダーが自分の前に現れたことで、例年の如く一年が終わることを目の前に叩き付けられた気分だった。
今年の年始は「毎月1度東北に行く。春、夏、秋、冬と4回は海外に行く」という目標を立てた。全く忙しくないようで、何故かほぼ暇がない1年というものが人生には度々あって、9月を境に毎月東北へ行く記録が途絶えた。海外に至っては年初の台北以来、職質必至の顔写真が貼られたパスポートを空港税関係員に晒す必要の無いまま11月になる。このまま除夜の鐘がむなしく心に響く年明けはご免被りたい。
その晩、近所で呑んだ帰った家でパソコンの写真をハードディスクに整理しながら、青カビチーズを削いて安いスペインワインで更なる深酒をしていた。ふとロクに記帳していない通帳の間から深紅のパスポートが目に入り、パラパラとまばらなスタンプの押されたページをめくる。あまり鮮明には覚えていないが、確かその流れでパソコンを開いて、海外旅行のサイトを検索したのだ。「行き先」のタグを押す「アジア」にカーソルを合わせる。行ったたことの無い異国の街にがたくさん並んでいる。
釜山・・バンコク・・シンガポール・・・・・・マニラ・・クアラルンプール・・・ブルネイ・・・ジャカルタ・・・
やれやれ。かれこれ38年間生きてきて、週末のたった3日を使えば行ける場所がアジアだけでこれほどあるものか。酒を呑んだのも手伝って、急に日本しか知らない狭くつまらない人生を生きてきたような気分になる。
確かに週末3日休める日などここ10年で数える程しか無かったけれど、こうなるとそれすら言い訳だ。よし。ここは旅行代理店に問い合わせてみようと、酒の勢いというのは怖いもので、旅行会社に何通もの渡航先候補の見積もりメールを送ったのだ。
結局、その時の第三候補であったシンガポールに行くことになった決定的動機は無かったのだけれど、挙げるとするなら、周りに最近シンガポールに行った人が多かったこと。六本木でつい先日海南鶏飯ランチを食べたこと。旅行会社から来た返信メールの誤字が少し面白かったこと。そんなところだ。
明くる晩には前日わずかに残したチーズを削り今度は日本酒で深酒しながら、気休め程度に貯まる航空会社のマイレージ機能付きクレジットカード番号を、旅行代理店のHPに入力していた。しかし旅行の予約から出発まで、誰にも会わず、チケットも届かず、数度のEメールのやりとりだけで海外へ行けるのだから度の在り方というのもずいぶんと変わったものだとこの時おもった。アマゾンで掃除機のフィルタを注文するのと何ら変わりはない。スケジュール?仕事?たぶん大丈夫だろう。いずれ多少後悔するかもしれないけれど、他の誰でもなく今日の自分自身が決めたのなら文句は言えまい。
・・・向かい側のホームに入ってきたMRTが東南アジアの生ぬるい風をプラットフォームに送ってきた。聴き取れないアナウンスと曇り空の先に、アジアを代表する近代都市らしい高層ビルが青白く煌めいていた。