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2018.07.12

酒と食のFrench journey.①ロストバゲッジの通過儀礼。メトロとカフェの男たち。

北京経由の長いフライトの末、シャルルドゴール空港で待っていたのは、パリの熱烈な歓迎ではなく、まさかの「ロストバゲッジという現実」だった。

 

きっといつかは経験する、言わば旅人の「通過儀礼」のようなものと考えていた節も無いわけでは無かった。今まで散々アジアを巡り、むしろその「ロシアンルーレット」を逃れてきたことはある意味幸運だったとも言える。しかし同時に、1週間以上の長旅で、且つ私にとって旅慣れたアジアでなく初めてのフランスで、運悪くその回転するリボルバーのシリンダーが、銃弾の込められた位置でこの日回転を止めたことは、痛いといえば痛かった。

 

最後の荷物が引き取られ、ただ空回りするターンテーブルは、まるで何かのメッセージ性を持ったインスタレーション作品を延々と眺めているような、或いは違い存在の他人の出来事を客観的に同情しているみたいも思えた。

やがてディスプレイが次の飛行機の荷物を受け入れる画面に切り替わり始める。さて現実を受け入れざるえを得ない。取り残された孤独感と絶望感は、なかなか経験した人にしかわからないかもしれない。終電の高尾駅で独り駅員に肩を叩いて起こされた時より、私には「それ」を悟った瞬間の方が幾分キツい。空港のWiFiを拾い、先に現地入りしている仲間に到着の旨とロストバゲッジの連絡を自嘲的な皮肉も込めてすぐさま入れた。

 

バゲッジクレームのカウンターで荷物札のバーコードを渡し、それが手元に戻るまでに被るであろう不自由を色々と想像する。半日以上着てきたシャツの着替が無い、珍しく借りたWi-Fi機材もない。映像を撮る道具もトランクの中だ。携帯の充電はギリギリ。それらを一つ一つ並べて、航空会社のスタッフに1から10まで全て伝えたい気持ちにもなったが、やはり彼に罪があるわけではない。それにこういう感情を一度覚えて手続きを経験をすることは、やはり旅人としての貴重な「経験値」を積んだということに他ならないと、そうも思った。アフリカや中東、或いはとんでもなく不便だったり危険な場所でトラブルに遭うよりは遥かにマシだ。それに今後もし誰かが同様のトラブルがあった時、その人の気持ちを汲みながら、卒なく荷物をホテルに送らせる段取りをし、町の酒場でゆっくり話を聞いてあげられるような「旅人」になれたら、きっとスマートではないか。と。

 

淡々と画面に何かを入力しながら手続きを進めているスタッフに、一応一つ質問して見た。「荷物は、もしかして乗り継ぎの北京に?」少し間を置いてから彼は、ため息混じりに「YES…」と答えた。やっぱり。「現地スタッフが、お詫びに北京ダックでも詰めて送ってくれたらむしろありがたいんだけどな。」と、冗談を言うと、彼は良い答えが思いつかなかったのか、それともただ面倒臭かったのか、あるいはフランスでは通じにくいジョークだったのかわからないが少し間を置いてから申し訳なさそうにため息をつき、私の目を見て「届け先のホテルに、明日午前中に届く予定です。」と小さな声で言った。

 

「そう。午前中に届いたらそれはありがたい。本当に届く?」念のため聞き返すと、彼は、「そうですね・・・あるいは・・・夕方かもわかりません。」と、荷物が無くて今夜これから明日まで心底困るのが、彼なのか私なのかわからないくらい沈んだ声で彼は答えた。

 

「OK、午後かもしれないけど、でもまず明日には間違いなくホテルに届くということだね。ありがとう。」と苦笑いしながら彼が画面に集中している間に私は特大の溜息をつき、漢字で証書からはみ出さんばかりにワイルドに自署を書き殴った。きっと、今頃皆はパリの街角で飲みながら、トランジットの経由地目当てで中華系の航空会社を敢えて選び、ロストバゲッジに合った私のことを笑ってるのかもな、と想像しながら自ら書き殴った前衛的なサインを見ていたら、なんだか自分の置かれている状況が可笑しくて、にわかに笑えてきた。

 

ロストバゲッジ手続き完了の間際、スタッフに「フランスに来たのは初めてなんだけど、「good bye」の発音は、「Au revoir」でいいんだっけ?」と聞く。「ええ、その通りですよ。それで・・・こちらがロストバゲッジの伝票控えです。荷物が届くまで、大事に保管しておいてください。手続きは以上になります。それでは。Au revoir.」やはりネイティヴの発音は、当たり前のことだけど滑らかで美しく、鑑定書付きの宝石みたいな発音だった。大昔に、第二外国語の授業で、日本人の先生から覚えた私の間抜けな発音を、彼に聞かせるんじゃ無かったと、エスカレーターを降りながらひどく後悔した。

実に久々のヨーロッパだ。

 

旅慣れたマレーシアや中国よりもなんだか少し神経を使うのは、きっと、欧米を旅慣れた人が東南アジアの街で戸惑うのと真逆の感覚なのかもしれない。

 

バスの乗り方、町の歩き方、言葉の通じない異邦人としての立ち居振る舞いなど、あらゆる点で「不慣れな場所」に今いるんだという感覚を、すでに少しずつ感じられる。

 

空港から市内に向かう「ロワシーバス」に乗る。車体が連結された、長い「市バス」のようなバスだった。もしかしたら使えるかも、と思っていたバスのWiFiは繋がらなかった為、目的地までの地図を改めて確認することができない。世界中何処に行っても「バスのWiFi」は示し合わせたかのように十中八九繋がらない。或いは、¥繋がっても北極点で携帯の電波を拾うかのように受信環境が悪く途中で諦める。もちろん、日本各地のバスも同様である。私が知る限り唯一しっかりWi-Fiが繋がるバスは世の中で「都営バス」のみだ。

 

日が落ちかけた薄曇りの空と郊外の景色の車窓を、ルノーやシトロエン、BMWが次々とバスを抜いてゆく。何故ルノーが日産を買収したのか、この国を走って初めて少し分かるような気がした。ちなみに私は珍しい車が好きな性分で、今までルノーを何台も乗りいできたのだけれど、日本で一日車を運転して、ルノーと一台もすれ違わない日だってあるというのに、こので国は、コンパクトカーからトラックまで本当にルノーだらけだ。私がこの国に住んでいたら、きっとルノーを敢えて買うことはなかっただろう。追い抜いてゆく車を数えながら、荷馬車のように揺れながらガタガタと軋むバスに身を預けているうち、やがて急に「パリらしさ」が色濃くなる。きっとまだ町外れなのだけれど、どの建物にも、色気がある。幾つかの角を曲がって、バスは程なくオペラ前に到着した。

 

 

機内で、10年ぶりくらいに「ミッドナイト・イン・パリ」という映画を見た。懐古趣味の私にとって、この映画は非常に印象深かった。1920年代のパリに、主人公がタイムスリップして、フィッツジェラルドや、ヘミングウェイ、ダリや、ピカソといった憧れの人々に会うという、ちょっとファンタジー色は強いけれど、印象的で好きな映画だった。記憶していたストーリーが、自分の中で所々改ざんされていた為、まるで初めて観るように楽しめてしまったことが良いことか悪いことかはさて置き、映画を観たお陰で築・数百年の美しい建物群が360度取り囲む様子は一層ロマンティックに心に響いた。

 

「オペラ」の壮麗で迫力のある建物をぐるりと一周眺めてから、メトロ入口の階段を降り、現地入りしている仲間達と合流するため、彼らが居るレストランの最寄り駅へと向かう。まずは、この旅で使うであろう10枚綴りのメトロの回数券切符を券売機で買うことには成功する。

 

ゲートを通り、「・・・確か、4号線から7号線に乗り換えるというルートだったよな?」と確かめる。駅名も頭に叩き込んだつもりたったが、欲張って宿泊先のホテルの駅名と、最終日に泊まるまた別のホテルの駅名も同時に暗記しようとした為に、何駅だったか思い出せなくなってしまった。路線図を見る。確か、セーヌ川の中洲である「シテ島」のサントシャペル教会の次の駅だったよな?と思い出し、そこに「odeon」という駅名を見つける。ここだ!地下鉄に乗り込んだ。

パリの地下鉄は独特の雰囲気がある。強いて日本の何に似ているかと聞かれると困るが、都電荒川線や江ノ電を地下に走らせた感じという例えが近いだろうか。幾分サイズも小ぶりである。

 

odeon駅に到着し、メトロ出口の重い扉を押して、長い階段を上って地上に出た。東西南北を道路の形から読み、4人の仲間が待つレストランの方角を確認した。ようやくみんなに会える。そしてようやくパリで乾杯の一杯が呑める。

 

意気揚々と交差点を左に鋭角に曲がろうとしたその時、左後ろのカフェの席から声をかけられたような気がした。勿論こんなところに知り合いがいるはずなどない。

 

他の誰かに声をかけたのだろうと思い歩みを進めると「ムシュー!」という声にやはりどこかで聞き覚えがあった。ふと一瞥すると、なんと彼らが、カフェの椅子に四人背中を預けてゲラゲラと笑っているではないか!

 

どうやら、私が空港で出てこない荷物を待ち、バゲージクレームの手続きをしている間に、彼らは既にその店(超人気の立ち飲みらしい)で食事を終えたところのようで、私が駅を上がってくる頃合いを見計らい、このカフェで一杯やりながら張っていたようだ。

 

『・・・奇遇だなあ。東京でも滅多に会わないのに、皆とこんな洒落たパリの街角で偶然会うなんて。』冗談を言い合い爆笑しながら一人一人と握手を交わした。

 

 

やれやれ。皆から1、2時間遅れて、私の中でもパリの夜が始まった。パリ到着最初のシャルドネが注がれたグラスには、青からネイビーになったばかりの空と、黄色い街灯が綺麗に写っていた。

 

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