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2017.08.03

根津美術館〜企画展・焼き物勉強会。大皿小皿。からし蓮根と私のタブー。

2017年7月13日から始まった、

企画展 「やきもの勉強会」食を彩った大皿と小皿

素晴らしい茶道具、或は大名物といった敷居の高い陶磁器の展覧が多い根津美術館で、「茶会」ではなく「食」の場で使われていた「生活陶磁器」を含めた展示というのはなかなか珍しく、興味深い切り口だ。

美味い酒や美味い食べものを手に入れると人間国宝のぐい吞だろうが桃山期の皿だろうが、とにかく頻繁に食器棚、或は桐箱から引っ張り出してきては見境無く使いたくなる性分である。去年、熊本で買って来た「からし蓮根」をスライスして、いざ皿に盛ろうと色々な器を物色していた所、ふと前日に茶を点てて仕舞わずにいた江戸期の作の楽吉左衛門・黒楽茶碗が目に行く。・・・サイズといい色といいピタリと合うではないか(黄色と白が漆黒の器にとても良く映えるのだ)。茶人に言わせればこれは暴挙である。が、しかし、そこはやはり自分自身のコレクションな訳であるし、「他の人がやらないことには発見や面白みが有るものではないのか・・?」と3切れ4切れと盛ってみるうちに後ろめたさはどこかに消えてしまい、5分後には美味い麦焼酎芋焼酎と共に味わい深い晩酌を愉しむのであった。その時にふと思ったのだ。数ある陶芸家が作る器の中でも、抹茶茶碗と言うものは陶芸家にしてみれば最高位の作品に値するものであって、実は同じような佇まいの飯茶碗と抹茶茶碗では値付けが10倍では済まないものも多い。「一番出来のいい器に食べ物を盛って映えるのは、ある意味不思議なことではないのかもしれないな。」と。

「使いたがり」という話でついでに余談を一つ。1尺5寸、大きさにして控えめなマンホールの蓋くらいの古伊万里大皿を何枚か手に入れてみたものの、これが独身男の1人暮らしにはトラの剝製やスワロフスキーのシャンデリアと同じくらい、場にそぐわないしどうにも使い道が無い。そこで、去年60人程が集まる恒例の日本酒会を開いた際に、友人の経営する和食店に頼み込んで盛り付けしてもらった4枚の重い皿を、ヒーヒー言いながら独りワンボックスカーに詰め込み会場に持ち込む。ご機嫌に酔ってその皿の良さに気づいた人は僅か4人か5人。いやいや、そんなものに気づく人が世の中に居るだけでもありがたい。自前の皿に、美味いものが盛りられている様を見てニヤニヤすることが元々唯一の目的だったのだから。

器というものはそもそも絵画や彫刻といった類いの美術品と違って「使われるために作られたモノ」でもある。飾られるだけ、或は年に一度使われるか使われないかという扱いは「ある意味」勿体ないというか「不憫」である。茶の湯の世界において、茶碗は勿論様々な道具には季節の使い分けと共に「格」があって、それこそが茶の湯というものの深みと品格を培いながらこの世に続いてきた。高僧や名高い茶人が良した器を、何年かに1度ご開帳される有り難い仏像みたいに珍重するのも勿論一つの価値のあり方ではあるが、逆にどんな用途であろうと、「茶の湯」或いは「骨董」という概念を一旦外して、必要な時に、盛りたいものを盛ってみて「さてどんなものか」と、見てみる中の美意識や価値観があっても悪くないではないだろうか・・・とこれが、最近私が探して見つけた「開き直り」の常套句である。「そんな輩が美術品や美術展を語る資格など無い!」とご立腹される方もあるかもしれないが、そこは無責任、徒然なるまま好き勝手を書く私的ブログなので、どうかご容赦頂きたい。

さてそれを踏まえて今回の企画展は私にとってまさに「どストライク」な内容だ。いにしえの人々が、どのように皿を使い、どのように食を彩ったのか。これは、美味いものを好きな器で食べることのヒントを見つけることができるかもしれない。尽きぬ興味を内に、開催前日7/12メディア内覧にお邪魔させていただいた。

静嘉堂文庫の長い坂道然り、この、根津のエントランスに繋がる通路然り、美術館までの良いアプローチは非常に気持ちを高めてくれる。北側・交差点側の入り口から小さい門を入ると、左には壁一面の細い竹。反対道路側には時折風にそよぐ青竹の葉。長いひさしが斜めに降り、黒い石畳と丸い石が敷かれている。日常から非日常へ。アートを受容する時間へといざなわれる。

企画展説明会が始まる前に、美しい庭を一回りしてみようと思ったが、時間もあまりないので急ぎ足で申し訳程度に散歩をしてホールに向かう。根津に来た方には展示を見るだけでなく、是非この東京の超一等地に広がる庭園の中に、幾つかの茶室が佇む景色を眺めつつぐるっと回っていただきたい。

さて、主催学芸員の方々による今回の美術展の丁寧な説明を受け改めて思ったことは、やはり展示されている数々の器の姿かたちや美しさを、順を追って説明を見ながら眺めるというだけでなく、その器が「どのように使われた」か、当時の人々は「どのように食事をとったのか」という文化と歴史背景をしっかり想像しながら見れば、この展示を見る価値を何倍も深くするということだ。

 

例えば、西方に寄りの南アジアや南方中国の人々は、食の宴で「取り皿・小皿」を用いるのではなく、大きな皿から直接「匙」のようなもので食事を取り食べるという風習・文化において使われていた器が、どのようなサイズで、どのような形のものかということが現物をみると良く分かる。そういった食文化が異国にある反面、古来の日本のような場所では「箸」を使うことによって、大皿と銘々皿(いわゆる取り皿)が存在した。文化人類学的な食文化の姿を、ありありと想像することが出来れば、この展示の醍醐味をより近距離で感じることが出来るだろう。私は今の所、飲食業に従事している訳でもなければ、陶芸も趣味の域をまだまだ越えないので「本職」がそれをどう思うかは分からないが、食や器のプロの方にも、ただ美しかったり、ただ国宝や重文といった「箔」がついた側面だけではない歴史的背景が垣間見える器をこの機に見て頂きたいと思うところだ。特に飲食関係で和食を取り扱う方には、こういう美術展を是非見に行ってもらいたい。器の善し悪しにこだわりや関心を持つと、必ず料理のセンスが磨かれるし、お店の雰囲気や味に、うまく言葉で言い表せないけれど必ず良い「気」というか、「心」というか、「感性」というか、とにかくそういうものが生まれてくる気がするのだ。

6世紀中国から江戸末期に至るまで。各時代、各国の大小の染め付け、白磁、青磁・・・

桃山以降、日本独自の発展を遂げた織部、志野、備前といった陶器などまで幅広く展示されている。

学術的な視点で言えば他の方々のもの、或いは企画展の丁寧な説明のを参考にして頂くのが一番である。ちょっと変わった一個人の視点から「これは面白いな。」と思ったものを紹介したい。清時代の景徳鎮窯で焼かれた「黄釉」という明るいレモン色・一色で染まった陶器だ。皿や壺の一部に黄色が使われている磁器はしばしば見るが、青磁や染付けを良しとする時代に、こんなパステルカラーの器がしかも景徳鎮で産声を上げたということにかなり不思議な印象を受けた。ぱっと見、百貨店の洋食器コーナーに普通に並んでいても全く違和感が無い、前述のからし蓮根より淡い斬新な印象のパステルカラーである。この皿に当時の人は一体どんなものを盛っていたのだろう。フルーツか、いや、肉か魚か?それとも・・・?一体何を盛っていたのかとにかく想像がつかない1枚で、そういう意味では実に興味深かった。

 

また、2Fの展示室5。舞の本絵巻という、当時の芸能台本を読み物に転用した「舞の本」というものが存在した。私もまったく知らない分野だったのだけれど、それに絵を添えた絵巻が展示されている。これもなかなかマニアックな展示なので、是非器と共にご覧頂きたい。

 

展示室6では、「盛夏の茶事」と題したこの根津美術館らしい茶道具の展示も行われている。ここでは「礼賓三島茶碗」という茶碗を是非見てもらいたい。「これ・・・茶碗?」と疑問に思うほど背丈の低い平らな夏茶碗である。実はこの器、元々は16世紀の朝鮮にて、日本人も含めた渡来した来賓へ食物を提供する為に使われた「皿」だったようなのである。何時の時代の誰かが日本に持ち帰り、有名な茶会で「平茶碗」として使われた記録があるそうだ。日本の銘茶碗或いは茶道具の中には、実はもともと朝鮮で生活雑器として作られていた銘茶碗があったり、或いは中国で筆入れや桶として作られたものが「水指」として珍重されていたりと、古い茶道具の歴史をひも解くと色々と意外な歴史があって非常に面白いのである。

 

・・・そうか。そういう意味では慶入の楽茶碗にからし蓮根を盛るナンセンスも、古織部の大きな菓子器を大磯港で釣ってきた魚の刺盛皿に使ったりイタリアンを盛ったりする違反行為も、ずっと後の時代には「アリ」とされるかもしれないな。

 

根津美術館 企画展
やきもの勉強会
食を彩った大皿と小皿
2017年7月13日(木)~9月3日(日)

ご興味のある方は是非ともご鑑賞下さい。夏と言えば海・山かもしれませんが、夏の青山で美術鑑賞そして庭園歩きもいいものですよ。

暑いけど。

 

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