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2017.04.18

201605 Philippinesマニラ① 危険なエアポート。往年のトランぺッターと500ペソ紙幣。

嫌な夢を見た。細部迄リアルで良く出来た悪夢だ。洪水で自分の車が流されてぺしゃんこになる様子を、土手から指をくわえて見ている。マニラに行く朝に、何かを予兆する悪い暗示のようで気分が悪い。

いや、出発前に「暗示」とか、「縁起」などというばかばかしい話はやめよう。
そもそも夢なんてものは、心の中にある不安や心配を映し出す鏡のようなものだ。考えてみれば不安や心配で寝付きが悪いと言った苦痛に悩むことがほぼ皆無の代償として、
心に何かしらのわだかまりがある時は、こういう悪夢を見がちのような気がする。やはり、「マニラ」という街のイメージが、他のアジアを旅する時とは少し違う覚悟を、潜在意識が訴えかけているのかもしれない。

一昨日、一緒に食事をしたアメリカから来たミュージシャンは「ああ・・・マニラ。僕は十数年前に行ったけど、あそこは、何と言うか、ちょっと不安だよね。気をつけてよ。」と言った。
今日の昼に会ったインドネシアの工芸品やらを輸入している男性も、「そうですか。今からフィリピンですか。あそこはビジネスが難しいですね。何ていうか、行くにしても色々、トラブルが多い。」
と、語った。フィリピン、特に「マニラ」という街は、多くの人にとって一癖二癖有る街と言えるのかもしれない。
アジアにおいて希有な「銃社会」であることが、その大きな要因の一つなのだろう。今迄訪れたアジアの街の中では、旅の始まりからトラブルには気を遣いつつ過ごした街ではあった。

なぜなら、まず到着して早速「空港が怖い」のだ。
むしろ「空港こそ気をつけなければいけない」と語る人さえ居る。彼には「深夜のニノイアキノ空港に日本人一人なんて絶対辞めた方が良い。」と進言もされた。日本人があまり知らない、アジアらしい美しい風景や、面白い場所を見つけるべく旅をしている身上、成田から僅か4時間半という近さにありながらも圧倒的に観光情報が少ないこの妖しい首都・マニラだからこそ、旅のし甲斐があるとも言える。フィリピンと言えばビーチリゾート・セブが観光地として有名だ。いずれの機会に行ってみたいとは思う。ただ、それはこの観光都市としてどこかアンタッチャブルな匂いのする「メトロマニラ」をもう少し知ってからでないと、旅人としては何だか「筋」が通らないような気持ちにもなるのだ。「旅」にルールを設けている訳では勿論ない。が、やはりタイの場合、バンコクを知ってからアユタヤやパタヤに行くことでその後の旅がしっくり来たし、仮にもし自分が日本人でなかったら、渋谷や上野の街をさんざ歩いてその国の匂いや変なルールや生身の人間の感性に触れてから、白川郷やら京都奈良を訪れたいときっと考えることだろう。今回2度目となるメトロシティ・マニラを久々旅先に選んだのには、そういう意味合いもあった。

「大丈夫だ。」と心でつぶやく。初めて旅した3年前と比べたら、旅の経験値も耐性も大幅に増している。
初めて降りた南インドの空港では、深夜月灯りを頼りに野犬の遠吠えが聞こえる真っ暗な田舎道をホテルまで延々30分以上歩いた。
予約したホテルがスラムのど真ん中にあると知らずジャカルタの危険なエリアを闇雲に徘徊して一歩間違えれば外れたドブ板から転落死し兼ねぬスリルも味わった。それらと比べれば・・・。
そういえば前回マニラに来た際は、レストランの方角を間違えて「夜は絶対行ってはいけない」とガイドブックに書いてあるエリアに歩いて迷い込んでしまった。結果これと言って怖い思いもしなかった。暗い下町のマーケットには元気な子供達が遊び、地元の若い女性も沢山歩いていた。怖いことなど無い。それに、マニラは一度訪れて大体の土地勘もある。タクシーの乗り方も覚えた。地元の人間しか乗らない薄暗い駅から薄汚れた高架鉄道にも乗った。ビルのガードマンが向けるタフな自動小銃にももう驚かない。
旅は経験と適度な「注意力」を持てば、それほど大きな落とし穴に陥ることは滅多にあるものではない。そうだ。冷静に考えれば心配することなど何も無い筈だ。

「注意力」と言えば、出発直前に忘れ物が無いか?と再三チェックしたにもかかわらずガイドブック「地球の歩き方」を玄関脇の棚の上に忘れて来たことを、飛行機が成田上空を旋回し、房総半島の影が、インド料理屋でテーブルに出されたペタっとした「ナン」くらいの大きさに見える位の高度でふと気が付いた。「やれやれ。」頭の中のにあるおぼろげな情報を頼りに、スマートフォンのオフライン地図と睨めっこしながら、今回はあの街を旅する不便を楽しむとするか。

「I shall return.」マッカーサーが第二次大戦による日本軍の猛攻に一時撤退を余儀なくされた時に残した言葉だ。彼はその宣告通り、やがてその地に戻った。その時には彼は何て言葉を残したのだろう?「I am return.」と心の中でつぶやいてみたもののそれはどうもおかしい。「I’m home.」では当然ないだろうし、やはり「I ‘m back.」なのか?と駐機場へ向かうエアバス機の窓から久々見る古めかしい第1ターミナルの建物が、だんだんと近づく様子を眺めながらぼんやり考えていた。

知人がニノイアキノ空港のことを「怖い」と言った通り、この空港は空港を格付けする機関の評価で「世界のワースト国際空港」という不名誉の常連であったことでも知られている。空港職員の不正や、不良タクシーの多さ、設備の古臭さなど、悪評の枚挙に暇が無い。マッカーサーがフィリピンに戻った時にどんな気分だったのか知る由も無いが、機体が駐機場に到着し、ポーンというシートベルトを外すサインと同時に乗客たちが立ち上がり、頭上の荷物を引っ張りだしている間、窓の外に「NINOY AQUINO AIRPORT」という70年代アメリカ映画風の味わい深い白い字体が空港の壁面に写る様をぼんやりと眺めていうちに、何故か急に「懐かしい場所」に帰って来たような気分になった。

ボーディングブリッジから空港に足を踏み入れた瞬間、ちょっとした違和感を覚える。記憶にあったあの薄暗い通路が見当たらないのだ。もしかしたら以前入境した第1ターミナルではなく飛行機の都合で別のターミナルに到着したのではないか」とさえ考えた。勿論、それなりに古く寂れた雰囲気は漂っている。クラシックカーはどんなにピカピカに磨いてもクラシックカーであるように、成田の第1ターミナルをどんなに改装しようとセントレアや羽田には化けようが無いのと同じ感じだ。いずれにしても、あの何となく薄気味悪いかつての空港のオーラは、塗ってまだ間もないであろう明るい色調の壁色が随分と緩和させていた。

イミグレーションを抜けて、イメージする。・・・預け荷物は無い。とりあえず目の前の税関を抜け、帰国フロアに出る。一応左のトイレで用を足してから、出口正面左手辺りに有る筈の空港タクシーのカウンターを見つける。
係員に行き先のホテルの名前を言う。ホテル名が通じなければ、ホテルが有るエリアの名前を言えばいい。
それでもし要領を得なければ今日宿泊するホテルの真隣にある有名なホテルの名前を言えば100%通じるだろう・・・。前回初めて来たときは空港着が22時頃だった。この日は深夜0時を回っていたから、余計気をつけなければいけないという警戒心が働く。僅かな確率の不運を極端に恐れる必要は無いが、空港からのタクシー乗客を狙った銃撃、或は拳銃恐喝事件は毎年起きているのだ。

ゲートを出る。イメージ通り左側のトイレで用を足す。1人の男に声をかけられたが目を見て首を振って堂々と歩く。しかしエントランスを出ると、以前到着客やその家族、客引きなどで溢れ帰っていたタクシー乗り場周辺が嘘のように静かだ。頭の中に描いていた所とは少し離れた場所にタクシーレーンのスタッフが見え、その場所迄歩く。はて、レーンが変わったのか、それともただの記憶違いか。配車スタッフは4人程の乗客をさばきようやく自分の番になる。「HI.・・・COPAKABA・・・」と言いかけた所で、
「COPAKABANA~?」とタクシーレーンの係員は気の抜けたトーンで答える。面倒な説明をせずに目的地があっさり伝わったことでホッとする反面、折角頭の中で色々とシミュレーションした分、あっけなさに少し残念な気持ちになる。スタッフはけだるそうに体を揺らしながら、順番待ちをしていたボロ目のイエロータクシーを指差す。「これに乗ってくれ。」徹夜明けの居酒屋店員のようなやる気の無い声でドライバーに「COPAKABANA〜 PASAI〜... 」と運転手に話しかけ、その後二言三言タガログ語で話しをしていた。きっと大して意味の無い日常会話だろう。彼らがそうしている間に「荷物はリアシートに乗せるからトランクは開けなくていいよ」というジェスチャーでカローラタクシーの黄色いリアドアを開け、シートにカバンと自分の身体を滑り込ませ、軽いドアを閉める。

運転手は、恰幅が良く目が丸く、例えるなら「フィリピンのルイ・アームストロング」といった雰囲気の中年だ。
自分が乗った「イエロータクシー」というのは、空港に出入り出来るメーター料金制のタクシーなのだが、いわゆる普通に街中を走る流しのタクシーと比べると僅かに料金が高い。
更にもう一ランク割高なタクシーを「クーポン・タクシー」と言い、これはタクシーメーターも値段交渉も無く定額料金でホテルや観光地まで送り届けてくれる仕組だ。マニラ初心者はこれに乗るのが良いだろう。空港の出口にはこの3種類のタクシーが待っていて・・・いや、無免許のいわゆる「白タク」も居るから4種類。無論、白タクは地元の人の選択肢としても敬遠されがちなようで、現地民も執拗に声をかけてくる輩を相手にせず別のタクシーレーンに歩いていく姿を前回の旅で覚えている。空港が新しくなってからこのような行為にも規制が掛かったのか、しつこい勧誘をする男の姿はほぼ見ることが無かった。

タクシーに乗り込むと同時にドアのロックを締める。この町では瓶ビールを飲む時には栓を抜くのと同じくらい普通の行動だ。前回の旅の最中も、ほぼ全てのドライバーが車を前に走らせたと同時に「ロックをしろ」と言うか、自ら手を伸ばして無言で後ろのドアをロックした。

車は弧を描きながら空港を抜け、暗い街に滑り出す。空港から出てすぐの道路は、どの時間帯で信号渋滞が発生するようだ。地図で見ると色々なターミナルから出てきた車が一気に合流してしまう道路設計で「ボトルネック」となるのだから仕方が無い。日が変わる深夜にもかかわらず、あらゆる乗り物とその轟音がその交差点に押し寄せていた。

ジプニーという、ジープの顔に胴長なキャビンを持つ派手な装飾を施した乗り合いバスは、この街のシンボルだ。そのジプニーの荷台には溢れんばかりの乗客が乗り込み、時々その乗客たちと車の窓越しに目が合う。信号で停まる度、その視線が十数秒も続くと、どうにも居心地が悪くこちらから目を逸らしてしまう。

ジプニーや遅いバイク、乗用車を何台か追い抜いて、やがて現れる長い直線道路Roxas Boulevard(ロハス大通り)をかなりのスピードで飛ばす。この調子だとあと5〜10分も走ればホテルに着く筈だ。今夜のホテルは、比較的安全で日本人が多く泊まる「マカティ」というエリアでもなければ、ネオンで賑やかな下町の大繁華街「エルミタ」や「マラテ」でもない。空港からほど近い「パサイ」というエリアに位置する中級ホテルだ。出発前に軽く飯は食べたが、機内では窓側の席を予約し、トイレが近い(トイレへの距離が近い席ということではなくもう一つの意味)故アルコールも我慢した。夜も遅いので、近場のホテルにチェックインしてから、近所のバーか食堂でビールをゆっくり呷りたかった。

ロハス大通りからパサイ・エリアの入り口角に有る長い建物の「ヘリテージホテル」が右手に見えてくる。そこを曲がり、すぐ隣に見えるのが程よく古くさい「コパカバーナ・ホテル」だ。ヘリテージホテルより幾分小さい建物の小さい車寄せに、タクシーはゆっくりと進入する。

タクシーメーターの数字は170ペソ。そういえば空港ではタクシーに無事に乗り込むことだけを考えて、両替をすっかり忘れていた。細かい紙幣が無かったから、500ペソを渡して、チップは30ペソ。200ペソ分取ってくれと言うつもりだった。外国人乗客のチップとしては、多くも少なくもない妥当な金額だと思う。

しかし、ここで問題が起きた。運転手は首を振りながら、大きな声で文句を言っている。「何だって?」と聞き返すと更に大きな声でまくしたてる。「No!」だの「Money」だの「Change」だのの単語は拾えるものの、訛が強すぎて肝心な部分が聞き取れない。しかしどうもそれが「釣りが無い」と言っている訳では無さそうだ。自らの胸元から出した紙幣を指差しながら何やらゴチャゴチャと言っているその表情は、まるでJAZZ全集のパッケージに載っている、ルイアームストロングがトランペットを吹いている写真の表情にそっくりだなとふと思った。「これしか無いんだ、細かいのが。釣りに300ペソ返してくれ。外国人だからってそれ以上はゴネたって引かないよ。」と500ペソ紙幣を渡すと、彼はまた首を振りながら「困った奴だ」と再びルイアームストロングの顔をする。押し問答だ。不審に思ったホテルの警備員が車の横まで来て我々のやりとりを見ている。「このオッサン何言ってるか分かる?」と、困って警備員に訪ねると、彼らはタガログ語で運転手に何かを話した後、警備員が英語でそれを説明しようとするも、残念なことに彼は運転手より英語が話せない様子だ。まくしたてる運転手の態度にこちらも段々と怒りが込み上げて来る。「何が気に入らねえんだよ。因縁付けやがって!」とメーターを指差しながらこちらも虚勢半分大声を張り上げる。やれやれ、到着早々、こんな深夜にトラブルだ。一秒でも早くビールが呑みたいのに。

押し問答の末、ある事実が判明するのだった。

201605 Philippinesマニラ② 邂逅のコパカバーナ。

へ続く・・・

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