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2016.03.19

201211SINGAPOLE ③ 深夜のホーカー。赤い蟹、黒い蟹。

❷話

の続き。

見知らぬ異国の夜を歩く。何とも言えぬ高揚感がある。暗闇には未知が存在し、街路灯が見慣れぬものを照らす。まるで宇宙語のように聞き取れない異国の言葉。嗅いだことのない不思議な匂い。まるでスライド写真のように意識が見慣れぬ対象物を次々とフォーカスする。20代、30代と、どうして今までアジアを沢山旅してこなかったのだろう。

「シンガポール」という国は日本より治安が良いと、定番のガイドブックに書いてあった。実際そうなのかもしれないが、やはりアジアの夜の街を歩くというのは本能的にスリルを感じるものだ。

ホテル周辺にはほとんど商店や飲食店が無いことが分かり、通りを走るタクシーを拾う。行き先を告げる。しばらく互いに聞きなれないイントネーションの英語をドライバーと交わし、車が動き出す。料金交渉も、意思疎通が出来ず降ろされることも無くようやく安心してシートに背中を預ける。

勿論、世界には全くわけの分からない所に連れて行かれたり、遠回りしてぼったくられたり、何だかんだ理屈をつけて釣りを返したがらないタクシーもしばしばあるけれど、シンガポールにおいてはその警戒心を携えてタクシーに乗り込まないで済む点は良かった。

対向車線側にクライスラー300Cのタクシーとすれ違い、あのタクシーを拾いたかったなどと思いながらも5分程で、数キロ離れたホーカーズの前に停まった。

ホーカーズという言葉はシンガポールを訪れた人でないと恐らくピンと来ないだろう。雰囲気で言えば「屋台村」。人々の生活に密着した食事の場所という意味でいえは「フードコート」の方がより近いかもしれない。見上げるとヴァスコ・ダ・ガマが居た頃の、旧く質素なアジアのカトリック教会の骨組みをどことなく連想させる趣だ。シンガポールでも老舗にあたるこのマックスウェルというホーカーズなら朝まで開いていると聞いてやって来たのだが、実際は23時を回って到着した頃にはほとんどの店はクローズしていた。

ちなみに後日、別のホーカーズに行った際、既に夕方前に店じまいを始めている店もあったから、各々の店舗が自主的に開店閉店時間を決めているのかもしれない。「開いている店は開いている」というくらいの考え方をして向かった方が良いようだ。

シンガポールに到着した夜は、カニを食べると事前に決めていた。「チリクラブ」というシンガポール名物の一つ。ここ数日Webでシンガポールの食にまつわる写真を見漁っていたのだがこれが圧倒的に美味そうだった。恐らく夜の床清掃を終えたところなのだろう。ところどころ水浸しになったホーカーズ内を歩きながら確認する限り、空いている店は3~4件程。中華料理店、バー、その先に1件カニの写真を掲げた店がある。まさしくチリクラブだ。

茶色いレンズの眼鏡をかけた陽気なおじさんが、「色々あるよ!カニどう?座ってってよ。ほら。」と少し離れた場所から先ほどのタクシーの運転手と同じシンガポール訛の英語で言った。街歩きの途中なら見向きもしないような誘い口上に、待ってましたとばかり歩み寄る

長時間の飛行機で張った腰をどっかり椅子に下ろしため息をつくと同時に彼がメニューを持ってくる。カニは他の料理と比べれば結構値がはるが、日本円に計算するとそれほどバカ高いわけでもなかったので早速注文した。「どれがいい?選んでよ。」座ったすぐそばから手招きされ箱の中を覗くと、細い縄でグルグルと縛られ閑念した茶色いカニたちが十数匹静かに透明な泡を吹いていた。

どれを選んだ所で大きさは同じだと内心思ったが、「こいつがデカイかな。いや、こいつだな。」などと真剣に物色するそぶりを見せつつ選びながら、本当はカラカラな喉を潤す黄金色に泡立つ飲み物を早く飲ませてくれというのが正直な所だった。それを見透かしたかのように蟹を選ぶなり「ビールを飲みたいんだろ?あそこにビアバーがある。そこで買ってくればいい。・・・・あ、いや。ちょっと待って。オーイ!ビールの姉ちゃん!オーーーイ!」と大きな声で若い女性に向かって叫ぶものの携帯を弄っている彼女はまるで気づく様子もなく、やがてわざわざそちらまで行ってビールガールを連れて来てくれた。

会計はビールの店、カニの店それぞれの店で払う仕組になっているようなことを言っていたけれど、どうもよくわからなかった。なんとなくどちらでもよさそうな雰囲気なので、その場の空気に任せた。隣のテーブルでは食べ残しや器のゴミを、このホーカーズに雇われているであろう係のおばさんが片付けていた。何気にこういうざっくりとしたシステムがかえってアジアではうまく回るようだ。

10分程して念願のチリクラブが出てくる。ざっくりと割られたカニの様子はタイ料理屋のカニのカレー炒めに似ている。味も恐らく似た感じではないかと想像して一口食らいついてみると全く違うことが分かった。ソースが思いのほか甘いのだ。しかし「チリクラブ」と名のつくだけのことはあり、結構な量の唐辛子が投入されているようで甘さを追いかけるようにして口の中に強い辛さが広がる。塩気はさほど強くない。最初の一口はとても美味かった。が、カニをこの甘さで食すことに対して慣れていないせいか、半分位食べた所で少し食傷気味になった。

メニューを見ると、そこにもう一つカニの炒め物があった。こちらは同じカニが得体の知れないドス黒いソースノベールを纏っている。

厨房スタッフと立ち話をしている店主を呼び、これはどういう味なのかと聞いててみたが「Beans」「Source」「Delicious」という言葉以外の説明がいまいちピンと来ない。両替したシンガポールドル札が到着初夜から景気よく出ていくことになるけれど、せっかくなのだからとこちらも注文することにした。

 今回は自らカニを選ぶこともなく、数分後にどす黒い蟹が湯気を立ててテーブルに運ばれた。まず恐る恐るソースを掬って食べてみる。やはりこちらも日本には無い味だけれど、甘くなく、何かを油で焦がしたような、スモーキーで香ばしい味がした。「Beans」という言葉とこの色からして「豆豉」を使った炒め物ではないかと推測してみたものの結局今でもどのような味付けで作られたものなのか分からない。個人的にはこちらの黒いカニの方が好みだ。世界には、こういうまだまだ知らない未知の味に溢れているのだろう。

野菜の炒め物も頼み、ビールも沢山呑んだので、完食した頃には立ち上がるのがつらくなるほどの満腹感だった。おじさんに礼を言い、支払いを済ませた時にもう一度黒いソースについて聞いてみたけれど、やはりその全容を掴むにはいたらなかった。

300Cのタクシーが今度はたまたま通りかからないかとホーカーズの前を出て少し様子を見ていたけれど、すぐにあきらめて目の前のヒュンダイのタクシーを拾った。

ホテルの名前を告げた時、「もしかしたら別のペニンシュラホテルがあったら困るな。」と一瞬思ったけれど、運転手の迷いも無く、車の向かう方向も間違いもないのでどうやらシンガポールには「半島ホテル」のペニンシュラホテルしか無いようで安心した。

静かな黒い闇を行く車窓を眺めている間、あの黒いソースについてずっと考えていた。

続く。

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