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2016.03.01

家呑み焼酎器論① 江戸末期蕎麦猪口・人間国宝の白磁・沖縄で惚れた侘色。

黒糖焼酎で贔屓の銘柄がある。

ソバ焼酎を美味い蕎麦屋で呑むという粋を、若い歯科医に教わった。

麦焼酎は樽熟成ものが最近好きだ。

米焼酎を巡るという、ある美食家の旅に近々同行しようと思っている。

芋焼酎は何度か鹿児島の名蔵魂のある良蔵を巡ったけれど、造りに対する感動の多さに今も好みを絞り切れない。

変わりモノでは例の紫蘇焼酎、栗焼酎にトマト焼酎、コーヒー焼酎・・・?!二時仕込みの際に何をぶち込むかでその味は無限に近く広がる。これもなかなか面白い。

この焼酎のバリエーションに比べ、焼酎を呑む為に作られる「器」が世の中になんと少ないことだろう!!

陶芸市などに出向いていざ物色しても、日本酒を呑む為のぐい呑やお猪口の10分の1の数さえ無いから、そうそう気に入った器には出会えない。だから焼酎器として作られていないものを焼酎カップとして発想転換して考えると、これが実にいろいろな良い器を流用できるのだ。

無粋?陶芸家に失礼?まあ、そうなのかもしれない。しかし、陶器の歴史を振り返ってみると、「茶碗」と言えばその名のとおり元々「茶」を飲む為のもの。しかし日本で「茶碗」といえば十中八九、ご飯を盛って食べる為の器を指すわけだ。片口の形をした器に美味い煮物が乗って名店で恭しく供される。

そばちょこや湯飲みで焼酎を呑んだって、きっと大きな罰は当たらない・・・だろう。

 

写真左、「蕎麦ちょこ」江戸末期作。

芭蕉(バナナ)の木と橋が描かれており、これがそんな時代に作られたというから、当時は相当ハイカラなデザインだったのだろうと思う。アンティークの器の中で、蕎麦猪口ほど焼酎飲みに適した形、大きさのものはない。「磁器」というところがこれまた良い。時代を超えて別の用途で日常で使える器。蕎麦焼酎を呑みたいところ(普段これで芋も麦も呑むけれど・・・)。勿論夏場はざるそばを頂く時の「本業」蕎麦猪口としても使える。これは一つ持っておいて損は無い。

 

中央、白磁の人間国宝・井上萬二 作。

大体雰囲気で分かるかもしれないが、これは湯呑み。いわゆる、煎茶を呑む器だ。写真でどこまで伝わるかわからないが、不思議な「透明感」を持った艶やかさが実に、実に良い。表面に彫られた模様は麦の穂。そう。スムースな麦焼酎にぴったり。湯呑みと焼酎カップとの大きな違いは特に高台部分に有るのかなと思った。綺麗にすぼまった美しい高台の造形は、手元が怪しくなった酔っぱいの手には、少々リスクかもしれない。

 

右、沖縄で買ったフリーカップ。

沖縄のとある陶房に出入りしながら創作している、とても気の良い作家・K氏本人が「フリーカップです。」と言ったのだから、これは作家公認でフリーに好きに使ってよいということだ。茶を飲もうが酒を飲もうが、それこそ青汁を飲もうが、それは飲む人間の自由。都合が良い。土のぬくもりと素朴な風合い。決して名の知れた名工の作品ではない。けれど実はコレ、焼酎器コレクションの中でもものすごくお気に入りである。特にお湯割りに最高。青汁は呑んだ試しは無いけれど。

家のみ焼酎器論②へ続く

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