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2016.02.21

201211SINGAPOLE ② 半島ホテル。

❶話

 

の続き。

 

地上に上がるエスカレーターの速度が日本と比べて早い・・・。どうでもよい、そのような「異国」に気づくのが、やはり旅というものだ。大きさの変わらない月を見て「大きい」と勘違いしてしまう田舎町の夜も「非日常」のそれがある。だから非日常の世界で見るものに錯覚が全く介入しないとはいいきれない。けれど、このエスカレーターの速度はそうった誤差を持って有り余るほどにい。「エスカレーターの速度は国民的セッカチさと比例したりするか?いや、もしそうだとするときっと日本の方が速いような気がしないでもない。」考え始めると、緑色の非常口標識のデザイン、荒いタイル目地、蛍光灯の配置・・・あらゆるものが日本と違うということと、その理由が気になりはじめる。初めての国では、どうでもよいものに妙な好奇心が付きまとうものだ。

 

MRTシティホール駅の地上に出て、ホテルまで歩く。運がいい。雨が降っていない。わずか徒歩5分の距離でも濡れずホテルまで歩けるということはこの旅においてきっと幸先の良いことだ。NORTH BRIDGE ROADという通りの標識を確認しながら、方角を確めながらトロリーを引き歩くと、直ぐにシャツに汗が滲む。

 

頭の中に地図を叩き込んでおく。そして地図を広げずにイメージの中の地図と照らし合わせながら街を歩くのが、子供の頃から好きな性分なのかもしれない。極力、地図を見ない。これは多分、左に出て200M先の角を曲がると、宿泊先のホテルに辿り着けるはずだ。

ちなみにこの道を反対側、右に出て200M程歩けば「東洋の真珠」とうたわれるアジア屈指の高級ホテル「ラッフルズ」がある。村上龍の小説の舞台にもなった。そしてカクテルの中でも最も有名な一つに挙げられる「シンガポールスリング」が生まれた「ロングバー」ある場所だ。

 

実は旅行プランを打ち出した時、旅行代理店が最初に提案してきた宿泊先のホテルが、写真を見る限りどうもチープそうでいまいちピンと来なかった。世界経済が沈滞ムードの中、希有なバブルの気配さえ匂う国に行くわけだから、本来海外旅行のホテルにはあまりこだわらない自分も、「シンガポール位は「中の上」、出来れば「上」のホテルで寝泊まりしたい」と思った。メールをくれた担当者に一度だけ電話をかけ、「もう少し良さそうなホテルは無いか?」と問い合わせた。特にホテル名の指定は無いと言うと、彼が選びあぐねる中、「そうですね・・・まあ。例えば・・・」と1例(そう。たった1例)挙げたのが今回のホテルだった。自分はそのホテル名と価格を聞いて即決した。

 

「ペニンシュラ」。全く悪くない響きだ。しかも彼が口に出すだろうと予想していた料金に比べ、晩飯代が2度浮く位に安いではないか。電話口でふと、香港のペニンシュラを思い出した。品の良い深緑のロールスロイスが、まるで軍港に浮かぶ2艘の戦艦のような存在感でエントランス前に並んでいる様子を、スターフェリーの船着き場からカオルーンを東に歩く度、憧れの目で何度か眺めたものだ。一度、大勢の観光客に混ざってアフタヌーンティに行こうと考えたことはあった。しかし、ゆっくり紅茶を飲む為に何十分も並ぶという本末転倒にばかばかしくなり、「スコーンやら茶に同じ金を払ならカニなりダックを食べた方がよほど良い。」という性格ゆえ、ペニンシュラではたった一度トイレを借りたことはあるものの、泊まったことも、食事をする機会さえなかった。

東京にもペニンシュラホテルはあるが、目の前に某放送局が有る上、仕事で何十回と目の前は通っていながら、冷やかしにロビーでコーヒーを飲んだ試もない。

 

「シンガポール・ペニンシュラ」は、果たしてどのくらいゴージャスで優美でエレガントなホテルなのだろうと思いを描きながら、頭の中の地図で100mほど先左手に聳えた高い建物を望む。しかしそこには、勿論高級そうあれど、思いのほか装飾に乏しい、通り一遍なシティホテルらしき建物が佇んでいた。

 

・・・そうか。世界には、確かに外観は質素で内容はエレガントなホテルがいくつだってある。東京の歴史的なホテルだって昭和に建てられたものは目を引くほどの存在感があるわけでもない。帝国ホテルがそもそもそうだ。人は大昔の物に対しては「クラシック」「ヘリテージ」「わびさび」など色々な賞賛の言葉を無数に用意しているけれど、実は中途半端な昔の時代の「高級」ものには、車にしても、映画にしても、ファッションにしても、「クラシック」と比べると、ダサく、チープに見がちではないか。

 

エントランスを入り、2Fのロビーフロアに行く。チェックインカウンターに立ち、チェックインのサインをする。「軽いから荷物は自分で持ってゆくから大丈夫だ」と言い残し、エレベータの階数ボタンを押す。到着階の廊下を歩く。カギを回し、部屋のドアを開ける。

 

・・・どうしたことだろう。ラゲージラックに荷物を置いて、バスルームでほんのり汗をかいた顔を拭いた後も、このペニンシュラホテルに「まあまあ」という以上の印象を持てない。

 

アメニティグッズに刻まれた「PENINSULA」というロゴを見る。まぎれも無くペニンシュラ・ホテルだ。そこで「ペニンシュラ」の意味を今一度思い起こしてみた。

 

「ペニンシュラ」。・・・「半島」。

 

マレー半島の南端に位置する国SINGAPOLE

 

・・・なるほど。そうか。

 

室を出てベッドに座り、自分の声にそっくりな中国語のナレーションのテレビのCMに驚きながら、ようやく腑に落ちた。つまりこのホテルは、「ザ・ペニンシュラ・ホテル」ではなく、

 

「PENINSULA HOTEL」=「半島・ホテル」なのだ。

 

三浦半島の三崎港辺りに「MIURA PENINSULA HOTEL」があったって全くおかしくはない。全く文句を言われる筋合いもない。そういうことだ。

 

さすがにこの値段でアジア最高峰ホテルのシーツにくるまれて眠れる程、世界は甘くはかった

 

ただ一つ、この「半島ホテル」の名誉の為に述べておくが、決して「悪い」ホテルでも「安っぽい」ホテルというわけでもない。世界中のホテルを「超豪華」「豪華」「普通」「貧相」「ヤバい」に分類すれば間違いなく「豪華」な部類には属するだろうし、ロビー正面にはガラス張りの水色に煌めく滝の流れるプールもある。部屋だって、このスタンダートでもたぶん40平米弱。日本のビジネスホテルの2倍強位の広さは十分にある。自分が、「ペニンシュラ」という香港で見たその圧倒的な威光と見比べていたという。それだけの話だ。

 

「半島ホテル」。

 

なかなか良い名前ではないか。

 

ライトアップされ水色に煌めくプールを見下ろしながら、つい先ほどまで高カロリー機内食で満たされていた腹が急に減ってきた。

着馴れた迷彩の短パンに穿き替え、颯爽と、堂々と、名門・「半島ホテル」のエントランスから、気温29度の深夜の街に繰り出した。

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